ADHDの時代 〜堀江貴文『多動力』より〜

 

堀江貴文・著『多動力』を読んだ。

私は別にホリエモンのファンではない。メルマガもとっていないし、オンラインサロンにも入っていない。

著書を読んだのも2〜3冊くらいだ。ただこの本のテーマ「多動力」は今の自分にぴったりな気がした。これまでもADHD的な人が今の時代圧倒的な結果を出していることを仕事やプライベートを通じて感じ取っていたからだ。

ちなみにADHDとは「注意欠陥多動性障害」という意味で、不注意(集中力がない・気が散りやすい)、多動性(じっとしていられない・落ち着きがない)、衝動性 (順番を待てない・考える前に実行してしまう)の3つの要素がみられる障害のことだ。イーロン・マスクは思いつきが多すぎてボタンすらかけられないらしい。

そしてamazonの内容紹介を見て即買いした。以下。

 

*****

一つのことをコツコツとやる時代は終わった。
これからは、全てのモノがインターネットに繋がり、全産業の〝タテの壁〟が溶ける。
このかつてない時代の必須スキルが、あらゆる業界の壁を軽やかに飛び越える「多動力」だ。

第1章 1つの仕事をコツコツとやる時代は終わった
第2章 バカ真面目の洗脳を解け
第3章 サルのようにハマり、鳩のように飽きよ
第4章 「自分の時間」を取り戻そう
第5章 自分の分身に働かせる裏技
第6章 世界最速仕事術
第7章 最強メンタルの育て方
第8章 人生に目的なんていらない

Iotという言葉を最近ニュースでもよく耳にすると思う。これは、ありとあらゆる「モノ」がインターネットとつながっていくことを意味する。

すべての産業が「水平分業型モデル」となり、結果〝タテの壁〟が溶けていく。この、かつてない時代に求められるのは、各業界を軽やかに越えていく「越境者」だ。そして「越境者」に最も必要な能力が、次から次に自分が好きなことをハシゴしまくる「多動力」なのだ。

この『多動力』は渾身の力で書いた。「多動力」を身につければ、仕事は楽しくなり、人生は充実すると確信しているからだ。

– 「内容紹介」より

******

 

この本を読んで感じたこと考えたことを以下に述べていきたい。

 

 

「大波」の時代は終わり、「小波」が連続する時代になった

 

テクノロジーは歴史的に人類の発展を大きくサポートしてきた。活版印刷技術、自動車、電話機、飛行機、インターネットetc、例を上げれば枚挙にいとまがないが、共通するのは大きなプラットフォーム的テクノロジーが時代を変えてきたという事実である。

しかし、最近どうもサービスのトレンドが読めない。読めないというか節操がない。どのサービスが来るのか、スマホの次はなんなのか。ライフスタイルの大方針をどうやって決めればいいのかわからない。

ここ2,3年のテクノロジーの進化を見ると「1つのテクノロジーによる大変化」というよりも「多数のテクノロジーの組み合わせによる怒涛の小変化」が進行している気がする。

自動車という大発明があってそれが普及していくというシンプルな流れではなく、「スマホ×写真×チャット×AI」みたいな小波の連続。こういう時代の流れについては、大局を見極めて優勢につくという悠長な戦略がどうも機能しにくいんじゃないかと、直感的にモヤモヤしていたところだった。

そんなモヤモヤをこの本は解決してくれた。答えは「多動せよ」である。

 

インターネットというものが「水平分業モデル」だからである。「水平分業型」の反対は「垂直統合型モデル」で、その代表としては、テレビ業界がわかりやすい。テレビ業界は各局が番組制作から電波の送信まであらゆるレイヤーの業務を垂直に統合している。またリモコンを見ればわかるように、限られたチャンネルによる寡占状態なのでイノベーションは起きにくい。反対にインターネットは「水平分業モデル」だ。電話もフェイスブックも、動画もゲームも電子書籍も、すべてがスマホ上のアプリという一つのレイヤーの中に並べられる。そこには2、3年でプレイヤーが入れ替わるような熾烈な競争がある。グリーやモバゲーの勢いがあったのははるか昔のように感じられ、数年前には存在しなかったLINEやメルカリが生活の中心になり、1年後には、まったく新しいアプリが登場しているだろう。

−「はじめに」より

 

私は無意識のうちに次の「大波」を待っていたようだ。これこそ昭和の価値観である。しかしホリエモンに言わせればインターネットが普及するともう大波は来なくて「小波」の連続しかない。たしかにWebサービスの業界に転職した友人たちはものすごい速度で転職を重ね、経験と成長を重ねている。まさに多動主義が時代適応型の生き方になっているのだ。しかし多くの日本人はその前提で人生を設計していない。

 

小波が連続する時代、資産は負債に変わる

 

資産や資格をもっていることで、むしろ腰が重くなる人が多い。そんなものさっさと捨てて、やりたいことをやったほうがいい。「祖父から土地を引き継いだので、この土地を使って何かできませんか?」「ソムリエの資格をもっているので、この資格を生かした仕事をできませんか?」という類の質問は多い。なぜ、みんな今もっているものをなんとか生かそうという発想になるのだろうか?こういった貧乏根性があると、結局は損をしてしまう。まず、発想の仕方が逆なのだ。「●●をしたい→●●が必要」というのが筋であって、「●●を持っている→●●をしないともったいない」というのは大体うまくいかない。

−「資産が人を駄目にする」より

 

今いるポジションを使って何かできることを探そうとしている人にとってこのメッセージは衝撃的だ。それを捨てろといっているのだから。この言葉を表層的に受け取ると「会社をやめて歌手になりました」ということになってしまうのだが、このメッセージの本質は「やりたいことから逆算せよ」である。

たとえば「仕事でやりたいことを考えろ」というと、銀行員の人は無意識のうちに銀行員であることを利用した範囲内で思考してしまっている。アパレル業界にいる人はアパレルの知識やネットワークの範囲内で考えがちだろう。しかし、水平分業の時代、その考え方が損をすると堀江氏は言っている。

アイドルをプロデュースしたいんだったら、そこに向かってとりあえず進めばいい。芸能事務所やテレビ局、広告代理店の人間が集まる場所にいって「アイドルのプロデュースをしたいんです」と申し出て、最終的に事業を立ち上げてそこにCFOとして参画することだってできるかもしれない。未来は分からない。だからこそまず動いてみることが大切なのだ。要は、現在の資産に捕らわれて動けないことの機会損失こそが最も回避すべきことなのだ。

 

やりたいことがない人への処方箋、まずやれ!

この本を読んで直接的に救われるのは「やりたいこと」が山ほどある人だろう。でもやりたいことがない人はどうすればいいのだろう。私はこういう人にこそ「多動力」を身につけるべきなんじゃないかと思っている。実際、私自身5年位前まで「少動的な」人間だった。決まったルーティンが大好きでフットワークも重かった。しかしその先には決まりきった景色の決まりきった生活しかないのだという悟りを持ってからとりあえず目の前のことをなるべく楽しくしようと動き始めた。動いてみてわかったのは、行動を起こせば起こすほど等比級数的に結果が伴ってくることだ。

アウトプットをし続けるとその何倍もの情報が集まってくる。「よくそんな文章を書けますね」「サロンいくつやってるんですか?」と言われることも多いがそれはアウトプットすることによってインプットが集積し、それを料理することでさらなるアウトプットが可能だからだ。

だから「やりたいことがない」という悩みを抱えている人はまず少しでも心が動く対象があれば、やってみることが近道なのだ。どうやら傍観者には厳しい時代になってしまったようだ。

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」

なのである。

 

 

 

 

おしまい

 

ホリエモンの書籍でおすすめのもの

→『多動力

→『本音で生きる

→『ゼロ

 

サヨナラ、昭和の幸せモデル

 


ワーク・シフト』の著者リンダ・グラットンと、経済学の権威アンドリュー・スコットによる「100年時代の人生戦略」がテーマの書。この本の要点は以下の2つだ。


100年時代の人生戦略のポイント

1)高齢における病気の克服により実質的な長寿化(健康寿命の延長)が進行すると、老後の資金の必要性から「教育期→仕事期→引退期」モデルは崩れていく。求められるのは、ステージを移行しながら自分の人生を主体的に生きていくスキルである。

2)人生が長期化すると様々なリスクや機会に備えるため、金銭的な有形の資産と、家族や友人関係、知識、健康といった「見えない資産」とのバランスをとることがますます重要となる。この「見えない資産」は生産性資産、活力資産、変身資産の3つに大別される。特に見えない資産は市場では売買できない(80歳のときに一生の友人を「購入」することはできない)ため、すべてのステージを通じてコツコツ投資を続け、自らを再創造することが重要になってくる。


ポイントは、アップデートし続けられるか

日本も含めて高齢者介護・医療や年金問題ばかりが議論されているが、そもそもなぜこのような事態に陥っているかというと人が80年以上健康に生き続けるというモデルを国家の仕組みや制度に組み込んでいなかったことが大きい。まずすべきなのは「老い」自体の概念を変えること。そして人生全体を設計し直すことなのだ。ライフシフトはそのための教科書兼提案書といったポジションを持つ書籍である。

「教育→仕事→引退」という3ステージの人生が一般的だった時代は終わり、70代以降も働かなければならない時代はもう目の前に迫っている。だったら定年を80歳まで延長すればいいというのは、企業寿命が30年と言われる時代に非現実的だ。むしろ早くから複数のキャリアを準備して、ライフステージに応じて移行させていく「マルチステージ」の人生に今後は突入していく。

そのとき必要となるのは、画一的な生き方にとらわれず、生涯「変身」を続ける覚悟だ。キャリアの選択肢だけでなく、パートナーシップのあり方、友人関係、居住地に関しても新しい考え方を持たねばらない。

『ライフシフト』で述べられているのは、今後絶対寿命が伸びるのでお金・人関係を含めた老後の人生を若いときからデザインし、つねにアップデートしていきましょうという話である。

*****

長寿化がもたらす恩恵は、煎じ詰めれば「時間」という贈り物だ。人生が長くなれば、目的意識をもって有意義な人生を形作るチャンスが生まれる。バイオリニストのスティーブン・ナハマノヴィッチは、創造性についての著書でこう述べている。

時間がたっぷりあると思えば、立派な大聖堂を建てられるが、四半期単位でものを考えれば醜悪なショッピングモールが出来上がる。(中略)長寿化は、人がショッピングモールではなく大聖堂を建てることを可能にするのだ。

−本書・第6章より

*****

 

私が重要と感じたのは人生に必要な新たな3つのステージという概念だ。


人生の新しい3つのステージ

長寿化と資産の重要性を鑑みた時、人生において、次の3つのステージが新たに登場する。

 

エクスプローラー

一ヵ所に腰を落ち着けることなく、身軽に探検と旅を続け、幅広い針路を検討する「エクスプローラー(探検者)」の時期。この時期では、多様な人たちの苦悩や喜びを自分事のように考える「るつぼの経験」が組み込まれていることが望ましい。他の人生の物語にふれることで、自分の価値観が揺さぶられ、アイデンティティについて熟考できるからだ。

 

インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)

組織に属さずに、自由と柔軟性を重視して小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」の時期。このステージの人たちは、事業活動自体を目的としており、試行錯誤しながら未来を探索する「プロトタイピング」を通じて、学習を深めていく。このステージでは、安心して失敗できるからだ。現在の18~30歳の層にとっては一つの選択肢になりつつある。彼らは都市部にある創造性の集積地に集まって、みんなで協働する精神を重視している。

 

ポートフォリオ・ワーカー

異なる種類の仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」の時期。他の新しいステージと同様、年齢を問わず実践できるが、この生き方をとりわけ魅力に感じるのは、すでにスキルや人的ネットワークの土台を築いている人たちだ。このステージにうまく移行するには、フルタイムの職に就いているうちに、小規模なプロジェクトで実験を始め、汎用的スキルや社外の多様なネットワークといった変身資産を育むことが望ましい。
個人的に感じたのは日本においてこの3つのステージはマイノリティであるということ。学生からそのまま企業へと就職し、自らビジネスを起こす経験なくそのまま老年を迎える。転職のない一本道のキャリアの場合はポートフォリオ・ワークを行うスキルもネットワークも育っていない。

 

私は昨年からはじめて本格的に副業を始めた。現時点で収入口はブログの執筆、noteの販売、サロンの運営、不動産の運営、事業会社へのコンサルティング、アフィリエイト、投資など多岐に及ぶ。(いずれも微々たるものだが)

やってみて思うのはどれも最初はまったく稼げないということだ。しかしあるとき急にノウハウを理解したり、人脈を介して紹介してもらったりすることでそのポートフォリオの一口が華を開いたりする。だから副業もとい複業についてとるべきスタンスは長期保有なのである。現在の日本人のマジョリティの生き方として「長期で複業を持つ」というスタンスはほとんどモデルとして存在しない。


「昭和の幸せモデル」からいかに早く脱却できるか

「ライフシフト」が行う提案の真反対を行くのが実は日本の戦後・昭和時代の幸せな生き方モデルだ。
男はいい大学にいって大企業に就職し、途中で専業主婦の奥さんをもらって35年ローンを組んで家を買う。定年60歳まで勤め上げ、その後は引退、年金暮らし。今どき、鼻で笑ってしまうような超ハイリスクな生き方である。
「大企業でリストラされたらどうするの?」「そもそも倒産するんじゃない?」「奥さんと仲悪くなったら?」「不動産って今後下落トレンドですよ?」「年金もらえないかもしれませんよ」四方八方からいじわるな質問が飛んできそうである。

個別で見ると馬鹿らしいが、でもそれらをまとめあげた「昭和の幸せモデル」にこだわっている人はまだまだ多い。このようなハイリスクモデルが支配的な理由は、ひとえに団塊世代の人口ボリュームが原因だろう。彼らの価値観がそのままマスメディアから拡大伝達され、クルマ・不動産・家電、その他サービスに、マーケティングというお題目を通じてビルトインされる。

私の周りでもキャリアの早い段階で転職を経験し自らの市場価値を認識している人は、昭和の幸せモデルを脱却している人が多い。たとえば結婚しても親の実家に住んでいたり、クルマはカーシェアリングやレンタルで済ませていたり、あるいはライフワークとして副業を会社に認めてもらっていたりする。ただこれらの生き方は全体で見ればまだまだ少数派で一つの会社にしがみついて出世していくことが正しいという価値観は依然強く残っている。

私自身は別にその生き方を否定するわけではない。実際にそのルートに乗って非常に華々しく活躍している友人も数多くいる。ただし、くれぐれもマジョリティの生き方を選んで安心しないこと。20世紀は多数派が地位と権力を得る時代だったが、21世紀は少数派がそれらを奪還する時代なのだから。

 

 

 

おしまい

 

関連note

50年働く時代のキャリアの考え方
−60歳で定年する時代が終焉し、働き続けなければならない時代に、どのようなキャリア形成をすればいいのかを考察しています。

マイナンバーで副業が会社にバレるのか?
−サラリーマンは副業すると確定申告をしなければいけません。そのときに副業が会社にバレないための方法論を検証しました。

正しい副業の始め方を副業コンサルの悠斗さんに聞いてみた
−アフィリエイト歴10年の悠斗さんに副業を始める際のコツと注意点と聞いてきました。

23時の新宿デート by恋愛コンサル生さっつ

恋愛サロンメンバーで恋愛コンサル生のさっつ君(@S_a_t_2 )  からのレポートです。

さっつ君は、人見知りっぽさと人懐っこさ、突撃力とフリーズ力という矛盾するパーソナリティを生かした、新進気鋭のPick-up-Artistです。しかも「泥酔拳」の使い手でもあります。
ナンパで出会った女性と二回目のデートでゴールした臨場感あふれるレポートをどうぞ!

 

*****
恵比寿にて22:00からデートの約束。
待ち合わせにつくと見当たらない…
おや?と思い、電話を掛けると思っていたのと違う人がそこに。
(連絡先交換した時に記憶がなかった為誰だかわからない。)

「ごめんね!遅くなっちゃった!」
26歳のエミは小柄な女性で、緩めのパンツに赤いニットを羽織ったキレイめのカジュアルな装いで現れる。

『大丈夫だよ!久しぶりー。』

「あの時すごい酔ってたよね?(笑)覚えてくれてないかと思った!」

『もちろん覚えてるよ!』

という話しをしながらお店に向かう。
この子は先日あるbarで連絡先を交換したのだ。
かなり酔っていた為印象は良くないと思っていたのだが…
なぜか他に連絡先交換した人も含めLINEで好感触だった。
何を話したのだろうか…。

正直エミはまったくタイプじゃない。
そして、実はもう一件デートのオファーが来ている。
同じ日に知りあったもう1人の女性。夕子。

(既に一度会っているが、2時間限定だったので健全に解散した。)

既にデートの予定が入っていたので断ったのだが、もう一度LINEを飛ばす。
非道かも知れないが、後悔はしたくない。


『今日やっぱり早く終われそうなんだけど、予定いれちゃった?』

「終電大丈夫?23:00過ぎなら新宿いけるけど、24:30くらいまでしかいれないよー」

『とりあえず行くねー。』

時間みじかっ。しかし、流して約束を確定させる。
1時間半のデートじゃ何も出来ない?
関係ない。彼女を楽しませれば、結果はついてくる。

エミには終電が早いからあまりいられないと伝え、45分程の短い時間のデートになった。
僕は小学校で習った通り、目を見つめながら話をする。
我慢しているけど、照れている。
口元からそんな様子が見て取れる。

「落ち着いてるよね」

「彼女何人もいそう」

相手からのウケはだいぶ良い。何もせずとも仕上がっている。
おそらく、いやほぼ間違えなく優勝出来るが、誰でもいい訳じゃない。
申し訳ない気持ちを押し殺し、45分でチェックして店を後にする。
エミごめん。でも、アボカドフライは美味しかったです。

夕子と新宿で合流。
腰の高いロングスカートを履いたセレブなスタイルで現われた。
170㎝ある彼女のスタイルにとても似合っている。


「てかさ、さっつたん終電何時なの?」

『実はもう終電ないんだよねー。でも今日会わないともう会えない様な気がして。』

とか僕はほざく。すぐに話しを変える。
女性は要所要所で我々にテストを課してくる。
帰りたくないのに帰ろうとするそぶりを見せるのもその1つ。
そういうときは言葉ではなく、行動を視なければいけない。
彼女達はいい訳が欲しいのだ。

一件目はムッタさんから伺ったワインバー。
しかし、満席のため隣で軽くスパークリングワインを嗜んで待つことに。
そこではお互いの誕生日のことや、相手がどんな服が似合うか話した。(オンクさんのツイートで見かけた拡大欲求?に基づき、意外どころをチョイス)

例のワインバーからの着信が来るのにそれほど時間は掛からなかった。
移動してからは読んだ本の紹介をしあったり、ワインの話しをした。
それにしても、本読む人と話すのは有意義にも思えた。
僕もインプットの量を増やさなければ…。
気づくと、ほろ酔いの夕子は心なしか目を潤ませている様な気がする。

「あのさぁ、ずっとここで飲んでたら破産しちゃうよ?」

これはホテル行こーよ!のサインなのか?
それとも奢ってくれアピール?

『そーだねー』

一軒挟むべきか。
それともホテルで飲み直そうとするべきか。
思考を巡らせながら店を去る。

リーズナブルに行こうと言い、僕はコンビニ酒でどっかで飲むことを提案する。
コンビニのお酒は嫌らしい。
その辺のカジュアルなお店に入る。
対面席へ通される。
いつも隣同士に並んで、仕上げる為か分が悪い感じが否めない。
夕子はウイスキーも飲むようだ。
飲ませたい銘柄があるようだが、偶然ここにはなかった。
向かいのビルの一階にbarが見える。
薄暗い店内は今求めているシチュエーションにぴったりな気がした。
ウイスキーがありそうなことを理由に、店を変える。

薄暗い店内のカウンター席。
夕子のチョイスでロックグラスにウイスキーが注がれる。
お互いのお酒がどんな香りでどんな味がするか。どっちが好きか。
色んな話しで和む。
夕子の話し方がトロトロしてくる。
自然と手を握ったり、顔が近くなる。
軽く唇を重ねる。
いける。僕は確信する。

『そろそろ行こっか』

店を後にして、ふらふらする。

『三件目いこ!』

ホテルに突入。
夕子はちょっと困惑している。
けれど、嬉しそうに。

「え、え?本気で言ってるの?え、待って!」

スルーして受付する、スタッフに部屋が狭いことを告げられる。
狭いのはダメなようなので、隣のホテルに行くも満室。
結局先ほどのところへ。

『本当に狭いのかなー?』

『まぁとりあえず入ってみよーか!』

でゴール。

準々即。

 

−考察
・初見で泥酔していたのになぜ食い付きが良かったのか?
→おそらく一緒にいたPuANDAさんの存在が僕の価値を引き上げたと思われる。

・課題である和む場面では、やはり改善か必要だと思います。
→PuANDAさんの言う「話題に対して、自分ではなく、相手の視点から見つめて思考する」ということがまだしっくりはまっていない。日常的な会話から意識して行こうと思っている。
Pick-up-Artistへの旅はまだ始まったばかりだ。

 

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-週刊恋愛サロン編集部のコメント

さっつさんは1人で行動し、結果を出せるプレイヤー。逆に言えば他のプレイヤーと合流することで遠慮して個性が出せなくなってしまうことも多いかと。ただ、それも含めた広義のコミュニケーションスキルを高めていくことで恋愛・ナンパを超えて通用する能力になっていくのでこの方向で頑張っていきましょう。実際遅い時間からスタートするデートは経験的にもゴール率高めです。中級プレイヤーとして戦術にいれておくといいですね。

 

 

恋愛コンサルティングとは、週刊恋愛サロン編集部が3人体制で出会い・デートetcの相談・指導を行うスタートアッププレイヤー向けのコンサルティングサービスです。

 

 

 

 

銀座コリドー街 初心者向けナンパスポット7選

『マツコ会議』などのテレビ番組でもたびたび取り上げられるナンパの名所・銀座『コリドー街』。日頃ナンパをする人間にとってはお手軽で気軽なウォーミングアップ場所なんですが、初心者やナンパに一歩踏み出そうという方にとっては未知の領域。そこで今回はあくまで初心者の視点からコリドー街ナンパのオススメスポットをまとめてみました。

 

目次


コリドー街とは?

JR有楽町駅と新橋駅の間にある線路沿いにある飲食店街。おしゃれな店や、安くておいしいお店も多い場所で、平日・週末を問わず、サラリーマン・OLを中心に賑わっています。年齢層的には男性はアラサー以上、女性は23歳〜という感じで女子大生は少なめです。

 

銀座コリドー街ナンパ事情

名著『もう合コンに行くな』でも紹介されているように、銀座自体がスーツナンパのメッカではあります。しかしなかでもコリドー街は特殊で、金曜日ともなるとナンパ祭りのような様相を呈してきます。綺麗めの女子2人組が歩けば、そこらかしこからナンパされ、数百メートル歩ききるのも大変でしょう。逆に言えばナンパが嫌いな女性は今から紹介するようなお店にはあまり行かないほうがいいです。普通の子ならほぼ100%ナンパされると思ってもいいかもしれません。

 

コリドー街ナンパスポット

銀座300BAR

有楽町から新橋にかけて3店舗存在する銀座のナンパバー。意気揚々とナンパしにと行くとほとんどが男祭り状態です(笑)。だいたいみんな考えることが同じなので、ここに行く場合は曜日や時間帯を意識していくといいです。要するに、金曜日の21時以降は絶対にいってはいけないということですね。

● 銀座300BAR NEXT 
東京都千代田区有楽町1-2-14 紫ビルB1 【Google Map】
月〜木 17:00 – 2:00
金・土・祝前日 17:00 – 4:00
日・祝 17:00 – 23:00
http://www.300bar-next.com

●銀座300BAR 5丁目店
東京都中央区銀座5-9-11 ファゼンダビルB1 【Google Map】
月〜木 17:00 – 2:00
金・土・祝前日 17:00 – 4:00
日・祝 17:00 – 2:00
http://www.300bar.com

●銀座300BAR 8丁目店
東京都中央区銀座8-3-12 第二銀座コラムビルB1 【Google Map】
月〜木 17:00 – 2:00
金・土・祝前日 17:00 – 4:00
日・祝 17:00 – 23:00
http://www.300bar-8chome.com

入店すると一枚300円のチケットを買わされます。ビール1杯がチケット1枚の価格なので非常に良心的だと言えるでしょう。ナンパ目的でなくても仕事帰りに一杯飲みたいときなんかにちょうどいいお店でもあります。チケットはその日に使い切らなくても、次回使うことが可能なので財布の奥の方にでも忍ばせておきましょう。そういえば金持ちのモテなさそうなおじさんに「俺、買えるから、兄ちゃんにあげる」とチケットを10枚くらいもらったことがあります。

具体的な声掛けやトークに関しては、こちらで解説しています。→ 週刊恋愛サロン第48号 

HUB銀座コリドー店

 


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都内を中心に多くの店舗があるHUB。キャッシュオンスタイルのバーで、ビール一杯700円くらいです。六本木や渋谷にはナンパにぴったりの形態(スタンディングメイン)のお店もあります。銀座コリドー店はテーブルが存在し、人が少ない時はナンパしにくいんですが、週末の夜はスタンディング状態になっており、むしろ自由にいろんな人に話しかけられます。サッカー中継や野球中継も放映しているときがあり、応援しながら隣の女子たちと意気投合するという作戦もありです。

https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13020299/

 

立呑みマルギン

コリドー街の有楽町側にいつも人気の立ち飲み居酒屋があります。行くとよく道の外で順番待ちをしています。ここは穴場スポットと言えば穴場スポットです。ナンパするよりは食事目的で来ているので、300BARのようなギラギラした雰囲気はありません。店の前で順番待ちをしているときや奥にあるトイレにいくときなどに、さりげなく女性にステルスナンパすれば意外とその後連れ出せたりします。コツはしつこくナンパしないこと。ナンパに疲れて小腹が空いたら行くくらいの感覚がちょうどいいのかもしれません。

https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13039815/

 

銀座333(トリプルスリー)

コリドー街から銀座西六丁目交差点方面に行くとビルの地下一階にあります。上で紹介した300BAR とよく似たコンセプトで1チケット333円で飲めるお店です。違いといえば、333のほうが爆音で音楽が流れているので、ゆっくり話すようなスタイルは難しいですね。bar以上クラブ未満といった印象です。ときどきパリピのような人たちが現れてかき回していきますが、スベってることも多いので動揺しないでいましょう。

https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13155585/

 

相席屋 銀座コリドー街店

有名になった相席屋。女性は飲み放題食べ放題が無料。ということで乞食目的の女性が多いです。週末は混みすぎていて順番待ちになったりもします。裏技として相席屋で順番待ちの子にナンパして、別の店に連れ出すという方法もありますが、おおっぴらにやると怒られますのでステルスナンパで行きましょう。男性は料金がかかりますが、ナンパと違って確実に話せるので初心者にはおすすめです。ただし運の要素が強く、相席屋に行くこと自体、「非モテ感」がムンムンでてしまうので初心者を卒業したら行くことはあまりおすすめしません。

https://www.hotpepper.jp/strJ001143861/

 

マッチングカフェ ロハス銀座

すいません。まだ現地調査が出来ておりません。が、たまたまコリドー街で声をかけたキャビンアテンダントの女性がロハス銀座に行ったことがあると言っていて、気になっているところではあります。コンセプトとしては「もっと気軽に異性の方と出会いたい」「少ない時間で出会いが欲しい」そういうニーズに答えたカフェスタイルの相席の場らしいです。

「本格ナポリ式コーヒー・エスプレッソやケーキを味わいながら初対面の異性の方と相席をし、お話をお楽しみいただく 新感覚のマッチングカフェとなっております」(HPより)

うん。謎ですが行ってみる価値はありそうです。

http://www.xn--hckh0ko84qy5za.com/

 

 

ストリート

店に入らずコリドー街の路上で声掛けして、近くのお店に連れて行くのでも全然可能です。特に週末などはお祭り騒ぎなので女の子に刺されば結構簡単に連れ出して、そのままゴールできたりもします。ポイントとしてはコリドー街にいるナンパ待ちの女性は男性のスペックに厳しいので学生風のファッションやヨレヨレのスーツを来て声掛けするのはNGです。いかにも「総合商社や広告代理店に努めています」みたいなスタイルで声をかけるとうまくいくかもしれませんね(笑)

ストリートでの声掛けに関してはこちらで解説しています。→週刊恋愛サロン第55号

まとめ

ナンパに興味があるけどいきなり渋谷や新宿でやる勇気はない。六本木はなんか恐そう。という方におすすめなのが銀座コリドー街です。ここである程度実践をつんで要領をつかむといろんなところでナンパできるようになりますよ。

ナンパでなんて声をかけていいかわからない方はこちらのnoteがおすすめです。

⇢  ステナン式声掛けオープナー集

⇢ ステナンの教科書

 

出会いスポット研究所レポート

出会いスポット研究所では様々な新しい出会いの場の実地調査を行い、レポート化しています。

 

300Bar銀座8丁目店

六本木・銀座・赤坂会員制ラウンジJAZZ LOUNGE en COUNTER

HUB攻略・町田店

横浜バーナンパ

名古屋バーナンパ

恵比寿横丁ナンパレポート

 

 

おしまい

 

 

セックス依存症&ナンパ中毒時代の私の生活

こちらの記事にも書いたが、数年前ナンパを始めた頃はビギナーズラックというものもあってか、面白いほど結果が出てしまって、コンスタントに一ヶ月で5〜6人くらいの新しい女性とセックスができるようになっていった。

いま振り返って見ると、純粋に楽しかったのだと思う。
「非モテ」状態を脱出したこと、いろんな女の子と話したり、デートしたりできること。それまで引きこもりがちで休みの日はキッチンドランカーと化していた自分にとって、こちらのほうが健全にも思えた。

ナンパの流儀として「色」(恋愛をほのめかしてセックスする)を使ってはダメだという考え方があるのだが、当時の私はそのあたりも意識せず、結果付き合うこともあったし、1、2回会ってそのまま疎遠になる関係の子もいた。

当時、興奮状態なのか日記をつけていた。今見ると気持ち悪いが貴重な資料である。

 

 

この○とか✕はセックスのありなしを示している。3月下旬の約11日間で9セットのセックスをしている。私はこのときは楽しんでいたわけであるが、この少し後から、自分の行動を懐疑しはじめるようになる。

もともと非モテであったために、セフレがいたり、ナンパしてセックスができることに憧れ混じりの喜びを感じていたわけであるが、それが常態化してくると「この状態って果たして幸せなんだっけ?」という疑問が頭をもたげてきた。

・「少しでもムラムラすると誰かにLINEして呼びつけてしまう」

・「夜、時間ができるとナンパに出かけてしまう」

・「金・土の夜は新規開拓をするために予定をあけてある」


このような症状が出たら、ナンパ中毒&セックス依存症を疑うべきかもしれない。
タイガー・ウッズを悩ませたセックス依存症だが、どのような状態が「セックス依存症」と定義されるのか。

 

ジョンズ・ホプキンス大学の神経科学者であるデイヴィッド・J・リンデンは、根本的な基準は薬物やアルコールや食物の依存症と同じだとして定義付けをしている。同書では依存症全般にあてはめることのできる「当該行動」という言葉を使っているが、そこにセックスをあてはめるとこのようになる。

1.自分や周囲の人の生活に支障をきたしているにもかかわらずセックスを続ける。
2.当人が「普通と感じる」ために、また生活上の通常のストレスに対処するために、セックスが不可欠だと感じる。
3.セックスをやめると自分で決め、人にも約束していながら、繰り返しそれを破る。
4.セックスに走ってしまったことを後悔する。

「必要なセックスが得られないと、身体的、心理的に離脱症状が生じる。また、最もはっきりしている点として、単なるセックス好きからセックスが必要という状態に変化していく。この段階で、生活に活力を与えてくれる素晴らしい快楽であったセックスが、日々の生活に向き合うために欠かせない作業の一つとなってしまう」

つまり、単にセックスが楽しいというだけではなく、セックスをしないではいられない、セックスなしには生活が送れないほど渇望するようになると、それは依存症へと片足をつっこみはじめているということだ。

HEALTH PRESS

 

私の場合、ここまでひどくはなかったが、片足を突っ込んでいたように思う。
怖かったのは、「できるのだから、やらなければいけない」というような強迫観念めいたものが出現しはじめていたことだ。
経験者にしかわからないかもしれないが、生活の価値の最上位に近い部分に「ナンパやセックス」が来てしまい、それ以外のことに対して価値を感じなくなってしまう状態。twitter上でアカウントをつくっている人の一部にもこういう価値観の存在を見かけるように思う。セックス至上主義・ナンパ原理主義。非モテ出身の人間がテクニックやステータスでモテるようになったときに陥りやすいトラップである気がする。

ここから私はどう脱出したかであるが、幸いなことに私は勤め人であった。

それ故、日々の業務が忙しくなると、なかなか精神的・時間的・体力的にナンパやセックスに勤しむことは厳しくなってくる。暇な時間があればナンパとセックスを繰り返したいたわけであるが、それがなくなると自然とそれが「なくても大丈夫な状態」にシフトしていった。

これで正直、中毒を卒業できたと感じている。いまもう一度生活が暇になろうとも、もう一度そういう状態に足を突っ込むことはどうやらなさそうな気がする。それは、中毒状態・依存状態というものが、とても不毛で消耗する生活であるということを一旦脱した上で実感しているからだ。

これを書いていて思うのは、ある程度の経済的自由・時間的自由を獲得した成功者のほうが、中毒症状にかかると実は抜け出せなくなるのではないかということである。

愛人9人過去最高80股の岡田斗司夫氏を思い浮かべるではないが、お金と時間があればどこまでも拡大できるし、また、生活を逼迫するほどのことが起こりにくく断ち切る理由やタイミングがなかなかに見つからないからだ。

結論としての私のスタンスはこうだ。

ナンパやセックスは現代の社会生活においては遊びである。だから楽しみたいときは思う存分楽しめば良い。人生のある時期、ある期間、タイミング、熱中するのもいいと思う。一方で、「遊び」であるからにはその「外の世界」にも自分をきちんと置いておく必要がある。そしてその両者の世界を自分の意志で行き来できる状態を作り出すことが結果的に、健全で生産的で安定した社会生活を送れる基盤となっていくと考えている。

おそらく外野から見ると、間抜けで馬鹿げたことを考えているようにも見えるかもしれないが、経験者としての当人は至って真剣である。ある先輩の経営コンサルタントが「女で身を滅ぼす経営者が多くて、そのコンサルティングに需要がある気がする」と冗談ぽく言っていたが、ハニートラップに引っかかって麻薬の運び屋として利用されたフランプトン教授の事例しかり、女をどう扱うかは男の人生にとって死活問題なのである。いや、本当に。

 
おしまい

 

 

すべての方法論オタクたちへ

 

大学時代の友人で大手予備校の講師になった友人がいる。

たまたま昨年末、飲む機会があったので、品川の適当な居酒屋で数時間だけ飲んだ。
全国のクラスを回っていてその日は冬季講習で大阪から帰ってきた彼はスーツケースを下げてやってきた。

そのとき印象に残った話。

今の子ども(受験生)はある意味不幸な環境にある。
調べればなんでも情報が出てくるせいで、一つのやり方を信じて愚直にマスターすることがどんどんやりづらくなっているという。

ためしに「予備校講師 評判」なんかで検索するとアフィリエイトっぽい作り方をされたサイト、口コミサイトなどがドゥワワワっと表示され、嘘か本当か分からないレビューが読み切れないほど掲載されている。
受験勉強をやる前の人間がこういう情報を目にしてしまうと、きっと一歩踏み出すことを躊躇してしまうのだろうなと思う。

私が受験生だったころ以上に今の受験生は勉強方法の選択肢が増えている。脳天気な大人はそれを手放しに賞賛するかもしれないが、実際の受験生にとっては気が散る要因になっていると彼は言う。

 

選択肢が増えると幸福度が下がる

私たちは皆、その(選択肢が多いことの)良さは知っています。ですから私は悪い面について話したいと思います。全ての選択には2つの影響がでます。どちらも悪い影響です。1つは、矛盾していますが、これが開放感ではなく無力感を生むということです。あまりにも多くの選択肢を前にすると、人は選択が非常に難しいと感じます。これの非常に良い例をひとつ出しましょう。定年後の年金投資計画に関する研究において、私の同僚がヴァンガードという巨大な投資信託会社から、約2000ヶ所の職場に渡る、約100万人の社員の情報を手に入れました。
彼女が調べたところによると、会社が提示する投資信託が10件上がるごとに 参加率は2%落ちたという結果が出たのです。50件の投資信託を提示すると、5件提示した時と比べて10%少ない社員が参加する。何故でしょう?
50件もの投資信託が提示されると、どれを選べばいいのか決めるのがとても難しくなり、人は「明日やろう」と後回しにしてしまうのです。次の日も「また明日」、「また明日」と延びていき、結局決断を下す「明日」は2度ときません。

http://logmi.jp/26437

講師の彼によると情報収集リテラシーのあるそこそこ頭のいい生徒ほどこの罠に陥るという。私の観察するところでもあるのだけれど、頭がよくてリスクを嫌う人種ほど「批評家」ポジションに行き着いてしまう。あれこれ情報を集め、失敗する理由をいくつも見つけ出し、結果自身で行動することを拒否してしまうからだ。ただ批判する能力は超一流で、その批判に捕らわれて自分自身が動けなくなっているほどである。受験生で「あの参考書は解説がよくない。あの講師は実は嘘を教えている」などやたら裏事情に詳しい生徒ほど実際の勉強自体に時間とエネルギーを避けず、本来のゴールである合格から遠ざかってしまう。

彼が言うには、参考書でも講師でも平均以上の評価で直感的に「合うな」と感じるものが現れればその瞬間から他を遮断して邁進する人間がもっとも成績が伸びるという。大学時代、哲学の授業で「常に疑え、自分が今考えていること自体が虚構かもしれないのだ」みたいなことを教わったけれど、そういう態度は現実社会で決められたゴールを突破する態度としてはとても不利である。

もちろん自らを俯瞰しその都度向かう先を微調整できる能力自体は十分価値がある。ただしその能力の副作用として「決められない」症候群に陥ることがあることを理解し、意図的にその能力を遮断するスキルを使える段階にいけるまでは、実はそこまで有益な能力でもないのかもしれない。

 

これを読んでいる人のなかには、就活生で複数内定をもらっていて、就職先を一社にしぼりきれないという人がいるかもしれない。「複数恋愛」をしていて彼女を1人に選びきれないという人がいるかもしれない。

そのときはこう考えてみるのもいい。
「選ばずに何もしないよりは、選んで失敗したほうが人生は面白くなる」
失敗することには価値があるのだ。

 

ここで私が言いたかったことは、「戦略と実行」のバランス感覚である。メタゲームとしての「どの戦略で動くか」という命題には時として値千金の価値がある。ただメタゲームをすすめる上で隠れた成功要因となってくるのが、「シミュレーション能力」と「実行フェーズへすぐにシフトできるフットワークの軽さ」である。現場経験のないロジックだけが正しい正論には価値がないし、実行できないお題目はストレスを生む分むしろ弊害である。

 

自分が方法論オタクに傾いてきたなと感じたときは頭の抽象度をあえてダウンさせ、現場に出てみることが実はもっとも有効な解決策であることが多い。

 

頭のいい若い人たちが陥りがちな罠。寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』というタイトルにはそういうメッセージが込められているのだと思う。

 

【保存版】新宿デートに使えるお店20選

恋愛サロンに投稿されたデートに使えるお店の「新宿」篇です。
渋谷と異なって新宿はいくつかの地域に分類されます。
そのなかでもホテルへのロジスティクスが優れているのが、東口伊勢丹方面と西武新宿周辺ですね。
さすが恋愛プレイヤーのみなさんだけあって、それが如実に地図に現れています(笑)

以下は恋愛サロン会員限定記事になります。

 

保護中: 【保存版】新宿デートに使えるお店20選

Forkyに見る新時代のメディア・コンテンツ論

モテたい男のデートコースマガジン・Forkyというウェブメディアはご存知でしょうか。

2017年4月末にローンチされ、すでにかなりのPVを稼いでいるようで、ちなみにこのメディアのなかに私自身も記事を書いています。Forkyのコンセプトは以下のようなものです。

総フォロワー100万人以上のインフルエンサーが執筆・監修する男性向けデートコースメディア。『Forky』とは、“男性の魅力(デートのエスコート力)を上げて大好きな彼女を作れるようになる”をコンセプトにインフルエンサー及び恋愛に精通する方たちの提案するデートコースを紹介するサービスです。

■サービス特徴
(1)1軒目・2軒目・3軒目と点ではなく線でのデートコースを紹介
(2)総フォロワー100万人以上のインフルエンサーが執筆・監修
(3)各界の著名人による男性の魅力が上がるためのコンテンツの寄稿・対談など

Forky(フォーキー)
公式WEBサイト公式Facebook公式Twitter公式Instagram

(プレスリリースより引用)

特筆すべきポイントはライター陣がプロのライターではなく、インフルエンサーであるという点でしょう。ホリエモン・MB氏・はあちゅう・暇な女子大生・萩原清澄氏など界隈の錚々たるメンバーが顔を連ねています。これは2016年末話題になったwelq等のキュレーションメディアとは一線を画す特徴だと言えます。物書きを生業にするライターではなく、多くのフォロワーを有するインフルエンサーを記者に利用する。これの意味することは何でしょうか。いくつかのブログ記事を通して考察してみます。

 

「メディア>コンテンツ」時代の終わり

以下に引用するのはキングコング西野氏が読売テレビの収録に対してブチ切れて帰ったと言われるエピソードについての本人による記述です。

今回の読売テレビさんのロケのように、時々問題になっているのが、その瞬間に垣間見える「(タレントを)出してやっている」「(店を)取材してやっている」というテレビ側の俺様姿勢。一昔前は、放送局や新聞社の力を借りないとマス(大衆)に向けて、エンタメや情報を届けることができなかったのですが、今は、個人がマスメディア化し、お客さんとダイレクトに繋がれる時代になり、ニュースを自分で発信できるようになったので、テレビと個人がウィンウィンの関係でないと、テレビに出演する理由がなくなりました。テレビが「悪戯に煽って、感情を逆撫でし、不用意な発言を誘発させて、その部分だけを刈り取って電波に流す」という下品な技を決め込んでくるのなら、ハナからテレビを排除できる時代になったわけです。史上最もSNS親和性の高い大統領、ドナルド・トランプの言葉を借りるなら、「マスコミを迂回して声明を表すことができる。そうなれば自分が発言にこめた地味がキープでき、マスコミがこれを歪曲するのを我慢せずにすむ」です。スゲー簡単に言うと、「マスコミを経由する理由が昔ほど無くなった」というところ。今回、読売テレビさんは、時代がこのフェーズに移ったことを踏まえていなかったのでしょう。

【キンコン西野】収録中にブチギレて帰った後の整理より

西野氏はマスコミという言い方をしていますが、彼の言うマスコミとはすなわちマスメディアのことです。彼のなかでは明確にメディアとタレントは独立・対等の関係であることが明言されています。「そんなの当たり前じゃないの」と思われるかもしれませんが、マスメディア(特にテレビ)とタレント(事務所)は持ちつ持たれつの関係を続けてきました。ミュージックステーションには必ずジャニーズ枠があるし、レコード大賞の受賞者は政治的な理由で決まっていたりするわけです。それはタレント側からすると、テレビに出ること、CMに出演することが「おいしかった」からなわけで、そしてテレビ側からすると、人気タレントを擁する事務所に貸しを作っておくことがやはり「おいしかった」わけです。しかし西野氏は個人がマスメディア化した結果この関係は終焉してしまったと述べています。

実はこの話をまったく別の文脈で述べている記事があります。メディアコンサルタントの境治氏のコラムです。

 

誤解を恐れずに言えば、これまでの業界はメディアの価値を異常に高めて守ってやってきたんです。そこを変えないといけない。いやメディアの価値が高いのはいいことですけど、コンテンツの価値を高めることでメディアの価値を高める、そういう哲学になってなかった。メディアの価値を高めるために、コンテンツを安く使っていただけなんです。テレビ局や大手代理店の給料が高くて制作会社の給料が安いのは、その現れです。逆だっていいはずなのに、なぜか制作会社は「おれたちプロダクションですからね」と最初から決めつけちゃっている。大事なことを決めるのはテレビ局や代理店の人たちだと思い込んじゃってる。テレビ局や広告代理店の中でも、制作の人たちは一時期ちやほやされても、結局はあまり偉くならない。そりゃあそうですよ、だって業界構造が、コンテンツよりメディアを重視しているのだから。

去年、これまでのパラダイムが終わったとしたら、「メディア>コンテンツ」の構図も終わったのだと思うのです。「コンテンツ>メディア」になったはずです。業界中の会社が労働基準局にビクビクしながら残業を制限し、足りない人手をどんどん補っているのは、大きくいうとコンテンツが主の時代になったんだと思います。関係ないようで、密に関係していることだと思う。

「コンテンツ>メディア」という把握は少し違うかもしれません。「コンテンツ=メディア」なのかも。対等になったという意味ではなく、コンテンツそのものがメディアになった。だからコンテンツそのものの価値がぐんと高まる、ということですが。それは裏を返すと、メディアだけでは価値を持てなくなってきた、ということでもある。

時代は結局、変わるべき方向に向かっていく。十数年かけての方向転換の「転換点」が、今なのだと思います。

Adver Times 境治氏のコラムより

境氏は広告業界の方だそうですが言っていることはキングコング西野さんと同じです。メディアとコンテンツ(=タレント)の関係が反転したというのです。もっと言うとメディアは存在意義を失い、コンテンツそのものがメディアの地位にとって変わったといっても過言ではありません。だって、ローラさんのインスタグラムのフォロワーだけで450万人いるわけですから、これだけで十分マスメディアです。女性誌でいちばん部数を稼いでいる『VERY』でも30万部なんですから、トップタレントはすでにマスメディアよりパワーがあるといっていいのかもしれません。

企業より個人の時代

私はコンサルティングの仕事上、企業メディアの運営・改善にも関わることがあるのですが、たいていメディア運営の経験のない素人の担当者はYahoo JAPANのような壮大なポータルサイトを作ろうとします。化粧品メーカーなら化粧品や美容にかかわる情報を一手に集めることであらゆる層を集客しようという魂胆です。その発想は十分理解できるのですが、まあ、時代遅れです。何十億の予算がないかぎりうまくいかないでしょう。

クロネコ屋@アフィリエイターさんは、この点について独自の分析を述べられています。

DeNAのキュレーションメディアの問題によって、少なからず読み手であるユーザーも『誰が書いているのか』を意識するようになってきていると思います。クラウドワークスで集められた1円ライターが仕事で書いているのか、それとも個人が趣味、あるいは善意で書いているのか。同じような内容のコンテンツでも、前者と後者では読み手の印象も大きく異なりますよね。また、書き手としても匿名性・客観性を意識したコンテンツは、どうしてもキュレーションサイトや大手企業のメディアに押しつぶされてしまいます。企業の運営するメディアは、資金が豊富ですから記事数では勝てません。そうなると、必然的に差別化をするために『独自の視点』『自分なりの解釈・意見』を書いていく必要が出てきます。私はここらへんを意識してコンテンツを作っていたのですが、最近はそれすらもリライトされたり、差別化の要素として弱くなってきてるな…と感じています。もちろん専門知識をぶっ込んで、リライトを難しくする事は出来るのですが、例えば『年収1000万の手取りはいくら?』みたいな単純な計算で出せるコンテンツはすぐ真似されます。おまけに、オリジナル記事よりコンテンツを充実させて上位を取られます。こういった強者の戦略にどう立ち向かえば良いのか…と考えた時に、個人を前に出してブランド化して読み手との距離を縮める戦略が一番無難ではないかと思ったのです。

これからのSEOはブランド化された個人ブロガーが強いと思う理由』より

Webというフラットな世界で個人が戦っていくときに資金力がないのであれば「ブランド化された個人」としてサイトをつくるべきだというメッセージです。私はさらに、企業でもそうすべきであるという点をさらに付け加えたいと思います。一消費者として今時新しいポータルサイトなんていりません。Google先生とYAHOOとFacebookとtwitterがあれば情報は事足ります。それにプラスして欲しているのは好きなブランドor個人に関する情報くらいなもので、私自身もクソ情報を垂れ流しているまとめサイトなどは即ブロックします。

少なくともこのブログを読んでいる方は自身のtwitterアカウントやFacebookアカウントを持っている方が多いと思うのでその運用に関してもひとつの方針を持つのがこれからの時代、有益ではないかと思うのです。

クロネコ屋@アフィリエイターさんのこのフレーズは私の心に響きました。

『Twitterで収益化!とまでは行かずとも、自分自身の魅力を伝えるチャネルは今後のために持っておいたほうが良いですよ』

今後、社会や世界がどうなるかはわからないですが、確実に個人の価値や魅力・芸に対して対価が支払われる時代にシフトしていきます(それがForkyなんですが)。会社員3000人を抱えて作ったコンテンツが、Youtuber1人がつくったコンテンツに負けてしまう世の中なのです。だったら個人の芸と換金技術を高めるしかないでしょう。

私がもろもろのサロンを運営しているのもその変化に備えるコミュニティが少なすぎると感じているからです。というわけで「Forkyに見る新しい時代のメディア・コンテンツ論」でした。

おしまい

※ちなみに5月の副業ラボのツイキャスはこのあたりの話をしようと思います。

なぜ地方ではドキッとする美少女がコンビニバイトしてるのか

ホイチョイ・プロダクションズの指南役さんのTweetを見て考えた。

 

 

というのも以前地方に出張した際、まったく同じことを思ったからだ。以下はこの問いに対する自分なりの考察である。

地方では中学校のヒエラルキーが継続する

バブル崩壊以降、失われた20年を経て地方には仕事がなくなった。

●地域別・産業ごとの労働生産性

 

グラフは産業ごとの労働生産性を表したものだが青い棒線が三大都市圏であり、農林水産と建設業以外は人口に少なくなるのに比例して規模がか細くなっていく。(出典:財務省2015)

首都圏・中京圏・近畿圏以外はとにかく仕事が無い。もちろん、飲食・介護・建設土木・観光業に関しては存在するわけだが、いわゆる都心エリートがやるような経営企画・開発・コンサル・広告・メディアのような仕事はほとんどなく、電機メーカーや自動車メーカーの現地採用に関しても安定職として競争倍率は高く、給料は低い。(しかもSHARPやPanasonicのようにもはや現地採用は安定職ではなくなっている)

地方で学歴エリートがついてペイする職業とは、市役所や県庁、地方銀行・地方紙、ローカル局などに限定されていくわけだ。ただこれは実数としてかなり少ない。地方都市のキャバクラなどに行ってみて話すと大体は地元の建設関係や不動産関係の社長が大口顧客であり、彼らは学歴エリートではなく、結論、地方では秀才エリートの居場所はあまりなく、存在感もほとんどないわけだ。

これとまさに相似形なのが地方の公立中学である。勉強のできる優等生の居場所、存在感はほとんどない。幅を聞かせているのは先生に目をつけれられながら「ワル」をやっているヤンキーたちである。マイルドヤンキーのアルファメイルなので「ワルファ」と呼ぼう。彼らの世界の支配律を的確に描いた名エントリを以下にご紹介する。

 

地方では、「高学歴の世界」の住人の密度が薄いので、地元国立大の附属小学校に行けるとかの特別な例外を除いては「低学歴の世界」に混じり込まなければいけません。そして、その「低学歴の世界」とうまく付き合えなかった多くの「高学歴の世界」の子弟は、いじめと言う名の社会的制裁を受け、あるいは高学歴の世界の住人としての努力を継続することができなくなってしまいます。結果、少なくとも学力とかを通じては「高学歴の世界」に復帰できなくなります。お父さんが一橋出てる高級サラリーマンなのに娘が皆謎の地元短大卒とか東大出てる高給サラリーマンなのに息子が高卒ニートとかよくあります。もちろん、その子どもたちの価値観は、「低学歴の世界」のそれです。

−常夏島日記「地方都市で、低学歴と高学歴の世界が交わるとき」から引用

 

地方都市では、大都市圏に存在する「高学歴だからドヤ顔できる」というルールは存在せず、ワルファを頂点としたヒエラルキーが中学以降そのまま継続するのだ。

ちなみに、大都市では社会人になった後、仕事や社会的地位によってヒエラルキーに変化が起こる。中学高校でモテていた男でも勉強をサボって大学受験・就職活動をうまく乗り越えられなかったりすると、25をすぎるとモテなくなってくる。

 

 


地方では人材の流動性が低くソーシャルネットワークが固定化されるため、一度ボスになると下克上が起こらない限り、その地位を脅かされることも少ない。中学の時、パシリにされてたやつは、ずっとパシリなのである。パシリにとっては最悪な環境である一方、ワルファにとっては非常に居心地のいい社会構造である。そしてこのヒエラルキーは「モテ」にそのまま影響を与え、地方社会の人口構造を形成しているのである。以下はあらゆる一夫一妻制の社会に適用できる男女の夫婦形成を予測する計量経済学モデルである。

 

10人の男と10人の女がいたとする。
まず、いちばんもてる男に、女が3人くらい寄っていく。
2番目にもてる男も、負けじと2人くらい持っていく。

したがって3番目の男は、6番目の女と一緒になる。
以下、4番目の男は7番目の女と、
5番は8番と、6番は9番とカップルになる。
しかし、残る7番目以降の男にもプライドだけはあるので、
最後に余った10番目の女など誰も相手にしようとしない。

さて、上位の女を独占したNo.1&2のモテ男も、最終的には
一人を選ばねばならないから、ここで3人の女があぶれる。
でも、すでにモテ男と付き合った経験のあるこの3人の女は、
いまさら下位の男と一緒になろうなどとは考えない。

こうして、互いに性質の異なる独身男と独身女が残る。

  男  女
1 ○  ○
2 ○  ×
3 ○  ×
4 ○  ○
5 ○  ×
6 ○  ○
7 ×  ○
8 ×  ○
9 ×  ○
10 ×  ×

以上、2chからの引用 

 

これに従うと、男というのはヒエラルキーの上から順に、魅力的な女性とつがいになっていく。そしてヒエラルキーの下位は残念ながら子孫すら残せない。また女性はヒエラルキー上位でも競争に負けてしまうと結ばれなくなってしまうのだ。

大都市では、30歳前後のモテヒエラルキーが適用された結果、「有名企業の仕事のできそうな男」が最も婚活市場ではモテている。一方、地方では、中学のモテヒエラルキーが持続している。この結果、ワルファたちがモテ上位の女性たちとペアとなり子孫をつくることとなる。都会のヒエラルキー上位層に比べワルファたちは所得も家柄も特段よくはないので子どもたちに対しては環境や教育に投資できない。むしろ傾向的に、よいパパや旦那ではなく外で遊び歩いたり、家にカネを入れずに離婚してしまうワルファも多い。その結果、ワルファと地方美人の遺伝子を引き継いだ息子・娘は地方経済の中でも時給の高くない場所で小遣い稼ぎをしているわけだ。大都市では外国人留学生が働いているようなコンビニ・ファストフード・居酒屋などに、日本人の美少女が働いていたりするわけである。

指南役さんの疑問に対する私の考察は以上である。

 

ただせっかく考察したので、これをベースにして大都市に男子が地方美女を一本釣りする戦略を描いてみよう。

 

【おまけ】ワルファから美女たちを奪え!

ここに地方恋愛戦略に関して非常に参考になるエントリがある。

 

 

都道府県別に18歳から39歳までの男女の人口比を見てみると鹿児島が女性100人に対して男性が91.14人となっており、さらに奈良、長崎の順で男性が少ない地域となる。もう少し全体を見渡してみると九州や関西、北海道において相対的に女性が多く、関東や東北、中部では男性が多い。どうやら女性の割合は北海道を除き西高東低の傾向があると言えそうだ。(略)個人的な経験で恐縮だが、僕が札幌に住んでいた時は、恋愛工学を実践するまでもなく確かに女性からの引き合いが相対的に強かった。これは僕の魅力どうこうよりもやはり男性が少ないという外部要因が働いていたように思う。

−つかさの自由帳『男なら西を目指せ(札幌でも可)~恋愛地理学のススメ~

 

ここにもあるようにそもそも人数比として地方都市は明らかに女性過剰となっている。これはワルファ以外の男性の多くが地元に残っても色んな意味で美味しくないので大都市圏に行ってしまうことから起こっている状況だ。

つかさ氏の抽出によるとそれが顕著な地方都市として鹿児島市・松山市・福岡市・神戸市・札幌市・熊本市・広島市というのが上げられている。彼ら彼女らを一本釣りするノウハウに関しては今後、「恋愛サロン」や「週刊恋愛サロン」の方でプロジェクト化し検証していきたいと考えている。

具体的には考察で考えられるような地方都市の美女にどのようにアプローチし、どのようなプロトコルを使用して恋愛関係や婚姻関係を築いていくかの方法論になっていくと思われるので、乞うご期待。

 

 

 

試行回数でレバレッジをかけよ

努力は2乗で効いてくる

 

 

これは『やり抜く力 GRIT −人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』で紹介されている「達成の方程式」だ。努力は2乗で効いてくる。努力し続けることが、圧倒的に重要ということだ。日々、恋愛コンサルをしていて実感していることであるが、初期設定である才能以上に試行回数があとあと効いてくるのである。まさに試行回数によってレバレッジがかかってくるわけだ。

結局、金持ちになるには何かにレバレッジをかけるしかない。金森さんはお金のレバレッジで不動産、僕は今はITのレバレッジ。

『ニッポンの富裕層論』という金森重樹氏との対談で作家の藤沢数希氏が述べている一文だが、ITもお金もない私みたいな人間は努力(試行回数)によってレバレッジをかけるという方法があるのかもしれないと思ってしまう。じっさいtwitterをはじめて2年ちょっとくらいであるが日々つぶやき続けているとコツコツとフォロワーが増えていって今は8000人近い人にフォローしてもらっている。別にもともと有名人だったわけではない。ブログやメディア掲載というITレバレッジなしにここまでこれるのだから、この方程式はやっぱり有効だ。

 

twitter上の成果 =[つぶやきの才能 × つぶやき回数 × つぶやき回数]

 

しかもやればやるほど成功確率はあがる

試行回数レバレッジの何がいいかというと、無制限であるところなんですよね。失敗さえ受け入れることができればいくらでも回数は打つことが可能。ミドリムシで有名なユーグレナの社長もこう言っている。

 

「1回目の成功の可能性が1%しかなかったとしても、2回挑戦したら、成功率は1.99%になる」という法則があります。例えば、あなたが成功率1%のことに挑戦するとします。成功率1%ということは、逆に失敗する確率が99%であり、ほとんど成功しないということになります。しかし、1度失敗したことをもう1度チャレンジすると99%(1回目の失敗確率)×99%=98.01%となり、失敗する確率は1%減り、成功確率は2%に上がります。同じように3回目のチャレンジの場合、98.01%(2回目の失敗確率)×99%=97.0299%で成功率は3%に上昇。以後、挑戦すればするほど成功率は上がり、50回挑戦すると、成功率は39.4994%と3分の1以上、100回挑戦すると成功率は63.3968%で、なんと3分の2にまで上がり、459回目の挑戦での失敗確率はわずか 1%! 逆に成功率は 99% となるのです」

-ユーグレナ社長・出雲充

 

1%の確率のものに成功したければ、確率的には459回チャレンジしたら99%成功する。これはもうやるしかない。

 

というか、幸せになりたければ “JUST DO IT”.

カリフォルニア大学リバーサイド校のソニア・リュボミルスキ教授の著書『ハピネスの方法(The HOW of Happiness)』によると、幸せは、およそ半分は遺伝的に決まっているという。

我々は普通、結婚してよき伴侶を得たり、新しい家を購入したり、たくさんボーナスをもらったりすると、自分の幸せが向上すると思う。リュボミルスキ教授の定量的研究によれば、これらには、案外小さな効果しかない。逆に人間関係がこじれたり、仕事で失敗したりすると、我々は不幸になると考えている。ところが実際にはそうでもないというんだ。人間は我々が想像するよりはるかに短期間のうちに、よくも悪くも、これらの自分のまわりの環境要因の変化に慣れてしまうのだ。この環境要因に含まれるものは広い。人間関係、お金、健康がすべて含まれる。驚くべきことに、これら環境要因をすべて合わせても、幸せに対する影響は、全体の10%にすぎないのだ。

-『データの見えざる手

では遺伝と環境要因を覗いた残りの40%は何か。リュボミルスキ教授によると日々の行動の習慣や選択の仕方によるという。特に自分から積極的に行動を起こしたかどうかが大きく影響を与えるという。

 

行動を起こした結果、成功したかが重要なのではない。行動を起こすこと自体が人の幸せなのである。(略)行動すること自体が、ハピネスだとすると、幸福になるための発想がまったく変わる。極端にいえば、今日、今このときにもハピネスが得られるかもしれない。

-『データの見えざる手

 

となるとウジウジなやんでないで行動するのが絶対的に正解と言えるんじゃなかろうか。やるかやらないかを逡巡していたら半年くらい経っていたというのは実は大企業エリートの癖だ。プロジェクトで日系大手の人と仕事をすると「やるやらない」についてひたすらシミュレーションしまくって時間を浪費している。「やっちゃって失敗したほうが早いんじゃないですか」というのセリフが喉元まで出かかっているのだが、彼らは失敗を極端に嫌う人種なので言葉を飲み込む。「時期尚早」という便利な言葉でプロジェクトがペンディングになるのがたいていのオチだ。もったいないよね人生の時間は限られているのに。

だからたいして失うものがないのならばひたすら行動するのが正解ってことです!

 

 

おしまい

 

文献リスト

・『データの見えざる手

やり抜く力 GRIT −人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

・『ハピネスの方法(The HOW of Happiness)