『幸福の資本論』は何を追わなくていいかを教えてくれる

 

幸せになるのには別に誰の許可もいらない

夏の朝にキャッチボールを/ザ・ハイロウズ

 

 

話題になっている橘玲氏の新刊『幸福の資本論』を読んでいたら、そんな歌詞が頭に浮かびました。プロローグに登場する印象的な一節「いまの時代の日本に生まれたことが最大の幸福である」を常に頭のなかに置きながら読むことでこの書から受け取れることが一段階深まると思います。私はこの本は、現代日本人のための生き方の戦略書だと思いました。

 

本の中身ですが、橘玲氏は、書の冒頭で幸福の条件が、この3つに対応していると説きます。

①金融資産
②人的資本
③社会資本

金融資産は自由を生み出し、人的資本はやりがいを生み出し、社会資本は絆を生み出す。様々な事例の検証を通じて、①金融資産②人的資本③社会資本の最適ポートフォリオを論理的に設定していきます。そして、それぞれについての以下のような結論が下されています。

 

①金融資産:世界に分散投資せよ。

幸福度の調査から、世帯年収1500万円・金融資産1億円をこえると幸福感は変わらなくなる。ゆえにそのラインを目指し、あとの資産は分散投資しながら、お金に執着しすぎずに生きること。

 

②人的資本:好きなことに集中投資せよ

人生100年時代の人生戦略はいかに人的資本を長く維持するかにかかっているため、「好きを仕事にする」ことで生涯現役で働き続けること。

 

③社会資本:小さな愛情空間と大きな貨幣空間に分散投資せよ

大切なひととのごく小さな愛情空間を核として、貨幣空間の弱いつながりで社会資本を構成すること。つまり「強いつながり」を恋人や家族にミニマル化して、友情を含めそれ以外の関係はすべて貨幣空間に置き換えること。

 

①②については、データや研究を見たことがあったし、『LIFE SHIFT』などでも同様の議論がされていました。このなかで私が画期的だと思ったのは「③社会資本」についてです。「友達は多ければ多いほどいい」、「家族・親戚・会社の同僚もなるべくたくさんいたほうがいい」。なんとなくそう思われている常識対して、「人間関係はストレスだし、雁字がらめになるので最低限にしてあとはお金で置き換えましょう」という提案をしています。

 

***

日本人は幸福になろうと「つながり」を求めますが、その結果、関係のなかに埋め込まれ身動きがとれなくなってしまいます。相次ぐ過労死や過労自殺を見てもわかるように、これはきわめて危険な環境でもあります。会社は嫌いだけれど、会社なしでは生きていけないというのが、日本人の悲しい性なのです。

幸福感を毀損するいちばんの要因は、こうしたひと(=サイコパス)たちと関係をもたざるを得なくなることです。それが顧客であればまだ対処のしようもあるでしょうが、上司であれば悲劇ですし、同僚や部下であっても攻撃的コミュニケーションしかできない人物は職場という(逃げ場のない)閉鎖空間では強いストレスになります。

(『幸福の資本論』本文より引用)

***

 

だからこそ「困ったひと」と付き合わない選択の自由を持つために、人間関係はお金を介することでフリーエージェントとして生きる戦略が有効だ、そういうロジックです。

この書(というか橘玲氏の考え方)のなかで、実はもっとも大事だなと思ったのは、「大切なものを選びぬく意志」です。

・金融資産については最低限の資産は「残」(分散投資)しておいて、あとは自由のために使う。
・人的資本についてはあれこれ手を出すよりも「好きに絞って」つきつめる。
・社会資本については「愛情空間だけ」を大切に守り抜くこと。

この本を上辺で読んでしまうと「お金はなるべくたくさん稼ごう」、「仕事はやりがいあるものを」、「人付き合いはなるべくしないでおこう」ということを結論にしてしまいがちです。冒頭で述べたように私はこの本は幸福になるための「戦略」書であると思いました。戦略とは「戦いを略くこと」です。

だからむしろ、

・「無駄に稼ぎを追わないこと」
・「やりたくないことはやらないこと」
・「愛する人は選ぶこと(=たくさん愛しすぎないこと)」

という「やらなくていいことについての基準の提案」だという受け取り方もできるはずです。

そう解釈した時、いままで肩の荷に感じていたものの多くがふっと消え去り、足取りが軽くなったような気持ちになる気がしませんか。幸せになるためには、実はそんなにたくさんのことは必要ないんだと。自由になら一秒でなれるんだと。私はそんなことを思いました。

 

そしてこの考えをベースにした具体的な働き方・生き方の例として、

・堀江貴文 著『多動力

・高城剛 著『多動日記

がある気がしています。ぜひあわせて読んでみてください。

 

 

おしまい

ナンパテクの前に、デート力を磨こう。

出会いから恋愛までは[出会い→デート→セックス→恋愛]の4フェーズに大きく分類できる。

男の多くは、「なるべくたくさんの女性とセックスがしたい」と脳が勘違いしていて、その結果、上記4フェーズのうちの[出会い]と[セックス]のフェーズに脳が過剰に反応するようになっている。

しかし世の中思い通りにはいかない。市場には需要と供給が存在し、どれだけ大量に生産してもニーズに見合わない商品は売れることがない。

むしろ受け入れる側の女性の立場になってみよう。

「なるべくたくさんの女性とセックスがしたい」という欲望を丸出しに近づいてくる男をどう思うだろうか。

「いつもナンパしてるんでしょ」

「どうせヤリたいだけ」

「私じゃなくてもいいんでしょ」

ナンパをしていると何回も聞いたことのあるセリフであると思うが、まさにそれをいかに乗り越えるかが試されていると言ってもいい。

街に出てナンパしているのにどうもうまくいかない。セックスはできるけど、その後、関係を継続することができない。そう感じている人は少なくない。俗にそれを「スランプ」といったりする。

スランプの人にありがちなのは、[セックス]のことばかりを考えて[出会い]の数に執着し、[デート]と[恋愛]に関して無頓着になっているパターンだ。

たしかに、短絡的に考えれば[出会い]を増やせば問題は解決できると思いがちだ。ただ、ある程度経験を積んだ人間がスランプに陥る場合、多くが、「デートへの不感症」が相手に感染している場合が多い。

そういうときこそ[出会い]と[セックス]への欲望を少しボリュームダウンさせて、[デート]と[恋愛]に対してサービス精神とモチベーションをアップさせてみよう。

上述の[出会い→デート→セックス→恋愛]に関して女性は男とはまったく逆の視点で見ている。デートでいかに特別な関係になれるか、そしてセックスの後いかにオンリーワンな関係になれるか。

 

 

 

以下は恋愛コンサル生のCHA氏が自身の経験と恋愛コンサルでのアドバイスをもとにデートで効果的な6つのポイントをまとめたものである。

①相手に話させて基本、聞き役に回ること(自分が話すときは自己開示や恋愛トークに移行するための「意図がある会話」を中心に)
②共感(相手の性格をある程度把握出来たらコールドリーディングで決めつけてみる)
③共通点を見つけて深堀りし、可能な限り盛り上がる
④笑い(相手に質問しない、あえて「ズラす」。「彼氏何人いるの?」→「彼氏いないって笑」と返ってくるのすかさず弄る。極力質問形式にしないことによって尋問っぽくしない&笑いを生み出す)
⑤褒める(相手の良いところを見つけたら褒める。欠点を見つけたらそれもすかさず「褒め」に転換。アンビバレントの法則を利用。「気が強い→芯が強い」に変換。
⑥ネグ(正直、ネグは苦手だが、全部パターン化している。「〇〇っていつもそうだよね、よく物忘れるよね」と決めつけて弄るなど。

少なくともこの6点をきちんと実践できない場合は、デートが原因でスランプに陥っている場合が多い。

ひとりの女性にドキドキできない人間は、たくさんの女性をドキドキさせることはできない。

まずデートを思い切り楽しむところからはじめよう。デート力が上がったところで出会いを増やせば自ずと結果はついてくるはずだ。

 

 

 

チカンする奴が生き残る時代

エコノミスト誌の「ビッグマック指数」と、僕がその街にマクドナルドがあるかどうかを気にかけるのは、少し違う。僕が判断しているのは、マクドナルドが出来てしまった観光地は、年々つまらなくなるのを、長年の旅の経験から知っているからだ。石垣島にマクドナルドができてから、まるで別のしまに変貌してしまったかのように。

高城剛『多動日記』

 

旅が好きな人間ならこの文章に共感する人は多いんじゃないだろうか。せっかく都会の喧騒を離れてやってきた異国の地で空港を出てマクドナルドとスターバックスを目にしたときのガックリ感。どこまでも追いかけてくる資本主義的日常。

「お天道様が見ている」ように、グローバル資本主義は異国の地であなたが消費したコーヒー一杯分の履歴までおいかけてくる。共産主義の祖カール・マルクスは19世紀の人間だが、彼が著書『共産党宣言』で資本主義に対して危惧した内容が今になって一般市民にも共感できるレベルで伝わってくる。

ブルジョア階級は、世界市場の開拓を通して、あらゆる国々の生産と消費を国籍を超えたものとした。反動派の悲嘆を尻目に、ブルジョア階級は、産業の足元から民族的土台を切り崩していった。民族的な伝統産業は破壊され、なお日に日に破壊されている。それらの産業は新しい産業に駆逐され、この新たな産業の導入がすべての文明国民の死活問題となる。そうした産業はもはや国内産の原料ではなく、きわめて遠く離れた地域に産する原料を加工し、そしてその製品は、自国内においてばかりでなく、同時に世界のいたるところで消費される。国内の生産物で満足していた昔の欲望に代わって、遠く離れた国や風土の生産物によってしか満たされない新しい欲望が現れる。かつての地方的、一国的な自給自足と孤立に代わって、諸国民相互の全面的な交易、全面的な依存が現れる。そして、物質的生産におけると同じことが、精神的な生産にも起こる。ここの民族の精神的な生産物は共同の財産となる。民族的な一面性や特殊性はいよいよ保持しがたいものとなり、数多の民族的および地方的文学から、一つの世界的文学が形成される。

マルクス『共産党宣言』
ここでは「ブルジョア階級」をグローバル企業と置き換えるとしっくりくる。利益至上主義の資本主義を追求し、至る所で貨幣による交換可能な経済システムを構築した結果、世界中の都市で似たような風景が広がることになった。

『多動日記』ではマクドナルドだらけのマルセイユを指して、面白みのない都市と言い切る。日本でも、すき家やガストなどのファストフード店が国道沿いに並び、イオンのショッピングモールを目指してミニバンが渋滞しているような郊外都市的風景は、いたるところに存在する。そしてそれは何の非日常的な面白みも喚起しない。その一方でグローバル資本主義がどれだけ広まろうとも固有性を維持している地域や都市が存在しているのも事実だ。この違いはどこから来るのだろうか。

オーストラリアのバイロンベイは、地方条例でファストフードの出店を禁止している。そのような他の街と違う場所なので観光客が集まり、なにもない人口6千人の街に100万人を超える観光客の集客に成功している。観光戦略を考える際に、なにか目玉を作ろうとする人が多いが、足し算より引き算で考えたほうがうまくいく好例だろう。

『多動日記』

 
ジェイン・ジェイコブズの『発展する地域 衰退する地域:地域が自立するための経済学』という書籍がある。都市の発展と衰退のダイナミズムについて実地的な検証を行った名著である。

地域経済を転換させる唯一の力は、善かれ悪しかれ、輸入置換都市に端を発する大きな力、すなわち、都市の市場・仕事・技術・移植工場・資本である。そしてこれらのうちの一つが、自前の輸入置換都市をもたない遠隔地に不均衡な形で及んだとき、その結果は悲惨でアンバランスなものになる。人々に見捨てられた地域の場合、この不均衡な力とは、遠方の都市の仕事による牽引力である。この力は、ある地域の人口を流出させることはできても、地域の経済を転換させることはできない。

(『発展する地域 衰退する地域』)

この書では、都市が経済成長するためには「これまで他の都市から輸入されていた財やサービスを、自分の都市で生産できるようにならねばならない」(=輸入置換すべし)と述べている。逆に言えば、何かを他の都市に頼っている場合その地域は衰退してしまう可能性があるということである。では輸入置換を行うためには何が必要なのだろうか。台湾をひとつの成功例として以下のように述べられる。

もしかすると、台湾で起こったことは、他のところでは不可能かもしれない。台湾でうまく作用した都市の資本のインプロビゼーションは、他のところではうまく機能しないかもしれない。しかし、経済的なインプロビゼーションの成功とはそもそもそういうものなのであり、インプロビゼーションがうまくいくとしたら、原因はそれが抽象的または理論的に「正しい」からではなく、時と場所と手近にある資源と機会とが現実に合っているからなのである。インプロビゼーションがうまくいけば、経済活動は驚くべき発展を遂げるのである。

(『発展する地域 衰退する地域』)

インプロビゼーション(Improvisation)とは即興という意味である。ありあわせの素材で何かを作り上げること。つまり都市が経済的に成功するには、地理的・文化的・気候的・歴史的に「うまいこと価値を拵える」必要があるのである。

その(台湾の成功の)原理は次のように要約できる。「自分たちの安い労働力が外人に利用されるくらいなら、我々自身がそれを利用すべきである」。また、「外国からの移植工場が、われわれにも利用できる経験や技術を与えてくれるなら、われわれはそれを自分たちの意にそうように利用することができる」。

外資企業に労働力を使われる前に内資企業に人材を回せ。外資企業が持っている技術やノウハウをうまく盗んで使え。「置換せよ」ということだ。この意味で、明治政府が行った「お雇い外国人システム」は非常に有効な方法論だったと言えるし、逆に外資企業を丸ごと誘致する戦略は都市を魅力的にするためにはワークしにくいということだ。

ジェイコブズの分析を借りるなら、グローバル資本主義のなかで固有性を保持するためには、McDonald・STARBUCKS・ZARA・UNIQLOという企業誘致を行うより前の段階で、彼らが中枢で持つノウハウや技術を土地に残す回路を用意しておくべきだろう。グローバル資本主義にヤリ捨てされないためには不器用でもいいから自前の爪痕を残そうという気概にある。

この原則は人の成長にも当てはまると思っている。すなわち、「不器用でも自前の材料で創造することが、結果的にその人の養分となり、価値を高めてくれる」ということ。

今の時代、派遣会社やクラウドソーシングを含めて、何事も外注で済ますことがよしとされがちだ。確かに固定費のカットや効率化を考えると、内製よりも専門家への外注は圧倒的だ。ただし、あらゆる外注を削ぎ落として残るものが、果たして真に競争力があるものなのかを考えると多くの疑問符がつく。最終的に行き着く場所はマルクスの指摘するとおり、似たり寄ったりのコモディティ人材になる可能性が高い。

あらゆるモノゴトを外注(輸入)できるようになった時代だからこそ、逆に自前でやってみようとすることによって、競争優位が生まれるというパラドックスが生まれている。チカンする者が生き残る時代ということだ。

 

 

おしまい

 

参考書籍:

・高城剛『多動日記

・カール・マルクス『共産党宣言

・ジェイン・ジェイコブズ『発展する地域 衰退する地域:地域が自立するための経済学

 

 

ラブ・ドール展に行ってきた(性的画像あり)

ラブドールをご存知でしょうか。見てもらったほうが早いですね。こんなやつです。

 

ダッチワイフにはじまり、ラブドールをつくって40年、オリエント工業が記念の展示をやっているというので、喜び勇んで行ってまいりました。

オリエント工業は、1977年に特殊ボディーメーカーとして東京・上野に創業いたしました。創業当時より目指していたのは、常にかたわらに寄り添って心を和ませてくれるような、「心の安らぎ」を得られる女性像の開発でした。大切なことは、性処理だけが目的の単なる「ダッチワイフ」ではなく、人と相対し関わり合いを持つことができる「ラブドール」を創ることでした。中には何らかの事情で性的な重荷をお持ちの方々に、精神的、肉体的な充実感を持っていただけるようお手伝いをさせていただく事もありました。おかげさまで創業40年を過ぎ、今も多くの方々に製品をご愛用頂いております。

(40年記念メッセージより抜粋)

渋谷の東急の奥にあるビルの5階に上がるとものすごい人。客層は男性8割・女性2割といったところでした。

私が勝手に妄想するところによると、今後AIとディープラーニングが発達して、音声や画像認識をベースにした情報処理技術が大幅に上がっていきます。すると人間の要求に対してコンピュータが適切に対処できるようになるのでわざわざ人が対応する必要が大幅に減っていくと思うのですね。

子守ロボットとして猫型のドラえもんが開発されたように、人型ロボットも開発されるようになると思うわけです(というか多分確実にそうなる)。

そのときに参照される技術はなんだろうと考えてみると、ラブドールが思い当たりました。数十年後の未来を支える技術の今を目で確かめるために私はラブドール展へと足を運んだのです。決しておっぱいを揉みたかったからではありません。

が、ラブドールの精巧さと美貌に写真を取りまくってしまいました。

 

こんなAV女優みたことある気がします。

横顔のクオリティもすごいですよね。

お腹の肉の感じもリアル。

思ったのが「ちょいブスがいない!」ということ。

人がすべてをコントロールしてしまうと美醜における醜はここまで排除されてしまうのか。納得とともに少しばかり恐ろしくなってしまいました。今後、整形技術が大幅に進化してしまうと人の外見はラブドールのように画一化されてしまうのかもしれませんね。

あれっ、吉◯美智子さん?

安◯なつみさん?

触れるやつもあります。触ってみた感触は「モチっとしすぎ!!でもそれが逆にいいのか?」って感じでしたね。

 

 

なんだか、どこまでが人間の領域で、どこからが人工物の領域なのかが曖昧になってしまいました。既知を未知化する。そういう意味でラブドール展はアートなんです。

ヒューマノイドと人間が混在する社会を描いた『AIの遺電子』という漫画がありますが、来るべき社会に対する予防注射として読んでおいてもいいかもしれません。

 

ラブドール展は6/11(日)までです。カップルできている人もいましたよ。

※本展には、性的な表現が含まれておりますので、予めご了承の上ご来場ください。
入場料 一般:¥1000 / 障がい者: ¥800

 

オリエント工業40周年記念書籍『愛人形 LoveDollの軌跡

 

 

 

 

おしまい

ADHDの時代 〜堀江貴文『多動力』より〜

 

堀江貴文・著『多動力』を読んだ。

私は別にホリエモンのファンではない。メルマガもとっていないし、オンラインサロンにも入っていない。

著書を読んだのも2〜3冊くらいだ。ただこの本のテーマ「多動力」は今の自分にぴったりな気がした。これまでもADHD的な人が今の時代圧倒的な結果を出していることを仕事やプライベートを通じて感じ取っていたからだ。

ちなみにADHDとは「注意欠陥多動性障害」という意味で、不注意(集中力がない・気が散りやすい)、多動性(じっとしていられない・落ち着きがない)、衝動性 (順番を待てない・考える前に実行してしまう)の3つの要素がみられる障害のことだ。イーロン・マスクは思いつきが多すぎてボタンすらかけられないらしい。

そしてamazonの内容紹介を見て即買いした。以下。

 

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一つのことをコツコツとやる時代は終わった。
これからは、全てのモノがインターネットに繋がり、全産業の〝タテの壁〟が溶ける。
このかつてない時代の必須スキルが、あらゆる業界の壁を軽やかに飛び越える「多動力」だ。

第1章 1つの仕事をコツコツとやる時代は終わった
第2章 バカ真面目の洗脳を解け
第3章 サルのようにハマり、鳩のように飽きよ
第4章 「自分の時間」を取り戻そう
第5章 自分の分身に働かせる裏技
第6章 世界最速仕事術
第7章 最強メンタルの育て方
第8章 人生に目的なんていらない

Iotという言葉を最近ニュースでもよく耳にすると思う。これは、ありとあらゆる「モノ」がインターネットとつながっていくことを意味する。

すべての産業が「水平分業型モデル」となり、結果〝タテの壁〟が溶けていく。この、かつてない時代に求められるのは、各業界を軽やかに越えていく「越境者」だ。そして「越境者」に最も必要な能力が、次から次に自分が好きなことをハシゴしまくる「多動力」なのだ。

この『多動力』は渾身の力で書いた。「多動力」を身につければ、仕事は楽しくなり、人生は充実すると確信しているからだ。

– 「内容紹介」より

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この本を読んで感じたこと考えたことを以下に述べていきたい。

 

 

「大波」の時代は終わり、「小波」が連続する時代になった

 

テクノロジーは歴史的に人類の発展を大きくサポートしてきた。活版印刷技術、自動車、電話機、飛行機、インターネットetc、例を上げれば枚挙にいとまがないが、共通するのは大きなプラットフォーム的テクノロジーが時代を変えてきたという事実である。

しかし、最近どうもサービスのトレンドが読めない。読めないというか節操がない。どのサービスが来るのか、スマホの次はなんなのか。ライフスタイルの大方針をどうやって決めればいいのかわからない。

ここ2,3年のテクノロジーの進化を見ると「1つのテクノロジーによる大変化」というよりも「多数のテクノロジーの組み合わせによる怒涛の小変化」が進行している気がする。

自動車という大発明があってそれが普及していくというシンプルな流れではなく、「スマホ×写真×チャット×AI」みたいな小波の連続。こういう時代の流れについては、大局を見極めて優勢につくという悠長な戦略がどうも機能しにくいんじゃないかと、直感的にモヤモヤしていたところだった。

そんなモヤモヤをこの本は解決してくれた。答えは「多動せよ」である。

 

インターネットというものが「水平分業モデル」だからである。「水平分業型」の反対は「垂直統合型モデル」で、その代表としては、テレビ業界がわかりやすい。テレビ業界は各局が番組制作から電波の送信まであらゆるレイヤーの業務を垂直に統合している。またリモコンを見ればわかるように、限られたチャンネルによる寡占状態なのでイノベーションは起きにくい。反対にインターネットは「水平分業モデル」だ。電話もフェイスブックも、動画もゲームも電子書籍も、すべてがスマホ上のアプリという一つのレイヤーの中に並べられる。そこには2、3年でプレイヤーが入れ替わるような熾烈な競争がある。グリーやモバゲーの勢いがあったのははるか昔のように感じられ、数年前には存在しなかったLINEやメルカリが生活の中心になり、1年後には、まったく新しいアプリが登場しているだろう。

−「はじめに」より

 

私は無意識のうちに次の「大波」を待っていたようだ。これこそ昭和の価値観である。しかしホリエモンに言わせればインターネットが普及するともう大波は来なくて「小波」の連続しかない。たしかにWebサービスの業界に転職した友人たちはものすごい速度で転職を重ね、経験と成長を重ねている。まさに多動主義が時代適応型の生き方になっているのだ。しかし多くの日本人はその前提で人生を設計していない。

 

小波が連続する時代、資産は負債に変わる

 

資産や資格をもっていることで、むしろ腰が重くなる人が多い。そんなものさっさと捨てて、やりたいことをやったほうがいい。「祖父から土地を引き継いだので、この土地を使って何かできませんか?」「ソムリエの資格をもっているので、この資格を生かした仕事をできませんか?」という類の質問は多い。なぜ、みんな今もっているものをなんとか生かそうという発想になるのだろうか?こういった貧乏根性があると、結局は損をしてしまう。まず、発想の仕方が逆なのだ。「●●をしたい→●●が必要」というのが筋であって、「●●を持っている→●●をしないともったいない」というのは大体うまくいかない。

−「資産が人を駄目にする」より

 

今いるポジションを使って何かできることを探そうとしている人にとってこのメッセージは衝撃的だ。それを捨てろといっているのだから。この言葉を表層的に受け取ると「会社をやめて歌手になりました」ということになってしまうのだが、このメッセージの本質は「やりたいことから逆算せよ」である。

たとえば「仕事でやりたいことを考えろ」というと、銀行員の人は無意識のうちに銀行員であることを利用した範囲内で思考してしまっている。アパレル業界にいる人はアパレルの知識やネットワークの範囲内で考えがちだろう。しかし、水平分業の時代、その考え方が損をすると堀江氏は言っている。

アイドルをプロデュースしたいんだったら、そこに向かってとりあえず進めばいい。芸能事務所やテレビ局、広告代理店の人間が集まる場所にいって「アイドルのプロデュースをしたいんです」と申し出て、最終的に事業を立ち上げてそこにCFOとして参画することだってできるかもしれない。未来は分からない。だからこそまず動いてみることが大切なのだ。要は、現在の資産に捕らわれて動けないことの機会損失こそが最も回避すべきことなのだ。

 

やりたいことがない人への処方箋、まずやれ!

この本を読んで直接的に救われるのは「やりたいこと」が山ほどある人だろう。でもやりたいことがない人はどうすればいいのだろう。私はこういう人にこそ「多動力」を身につけるべきなんじゃないかと思っている。実際、私自身5年位前まで「少動的な」人間だった。決まったルーティンが大好きでフットワークも重かった。しかしその先には決まりきった景色の決まりきった生活しかないのだという悟りを持ってからとりあえず目の前のことをなるべく楽しくしようと動き始めた。動いてみてわかったのは、行動を起こせば起こすほど等比級数的に結果が伴ってくることだ。

アウトプットをし続けるとその何倍もの情報が集まってくる。「よくそんな文章を書けますね」「サロンいくつやってるんですか?」と言われることも多いがそれはアウトプットすることによってインプットが集積し、それを料理することでさらなるアウトプットが可能だからだ。

だから「やりたいことがない」という悩みを抱えている人はまず少しでも心が動く対象があれば、やってみることが近道なのだ。どうやら傍観者には厳しい時代になってしまったようだ。

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」

なのである。

 

 

 

 

おしまい

 

ホリエモンの書籍でおすすめのもの

→『多動力

→『本音で生きる

→『ゼロ

 

サヨナラ、昭和の幸せモデル

 


ワーク・シフト』の著者リンダ・グラットンと、経済学の権威アンドリュー・スコットによる「100年時代の人生戦略」がテーマの書。この本の要点は以下の2つだ。


100年時代の人生戦略のポイント

1)高齢における病気の克服により実質的な長寿化(健康寿命の延長)が進行すると、老後の資金の必要性から「教育期→仕事期→引退期」モデルは崩れていく。求められるのは、ステージを移行しながら自分の人生を主体的に生きていくスキルである。

2)人生が長期化すると様々なリスクや機会に備えるため、金銭的な有形の資産と、家族や友人関係、知識、健康といった「見えない資産」とのバランスをとることがますます重要となる。この「見えない資産」は生産性資産、活力資産、変身資産の3つに大別される。特に見えない資産は市場では売買できない(80歳のときに一生の友人を「購入」することはできない)ため、すべてのステージを通じてコツコツ投資を続け、自らを再創造することが重要になってくる。


ポイントは、アップデートし続けられるか

日本も含めて高齢者介護・医療や年金問題ばかりが議論されているが、そもそもなぜこのような事態に陥っているかというと人が80年以上健康に生き続けるというモデルを国家の仕組みや制度に組み込んでいなかったことが大きい。まずすべきなのは「老い」自体の概念を変えること。そして人生全体を設計し直すことなのだ。ライフシフトはそのための教科書兼提案書といったポジションを持つ書籍である。

「教育→仕事→引退」という3ステージの人生が一般的だった時代は終わり、70代以降も働かなければならない時代はもう目の前に迫っている。だったら定年を80歳まで延長すればいいというのは、企業寿命が30年と言われる時代に非現実的だ。むしろ早くから複数のキャリアを準備して、ライフステージに応じて移行させていく「マルチステージ」の人生に今後は突入していく。

そのとき必要となるのは、画一的な生き方にとらわれず、生涯「変身」を続ける覚悟だ。キャリアの選択肢だけでなく、パートナーシップのあり方、友人関係、居住地に関しても新しい考え方を持たねばらない。

『ライフシフト』で述べられているのは、今後絶対寿命が伸びるのでお金・人関係を含めた老後の人生を若いときからデザインし、つねにアップデートしていきましょうという話である。

*****

長寿化がもたらす恩恵は、煎じ詰めれば「時間」という贈り物だ。人生が長くなれば、目的意識をもって有意義な人生を形作るチャンスが生まれる。バイオリニストのスティーブン・ナハマノヴィッチは、創造性についての著書でこう述べている。

時間がたっぷりあると思えば、立派な大聖堂を建てられるが、四半期単位でものを考えれば醜悪なショッピングモールが出来上がる。(中略)長寿化は、人がショッピングモールではなく大聖堂を建てることを可能にするのだ。

−本書・第6章より

*****

 

私が重要と感じたのは人生に必要な新たな3つのステージという概念だ。


人生の新しい3つのステージ

長寿化と資産の重要性を鑑みた時、人生において、次の3つのステージが新たに登場する。

 

エクスプローラー

一ヵ所に腰を落ち着けることなく、身軽に探検と旅を続け、幅広い針路を検討する「エクスプローラー(探検者)」の時期。この時期では、多様な人たちの苦悩や喜びを自分事のように考える「るつぼの経験」が組み込まれていることが望ましい。他の人生の物語にふれることで、自分の価値観が揺さぶられ、アイデンティティについて熟考できるからだ。

 

インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)

組織に属さずに、自由と柔軟性を重視して小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」の時期。このステージの人たちは、事業活動自体を目的としており、試行錯誤しながら未来を探索する「プロトタイピング」を通じて、学習を深めていく。このステージでは、安心して失敗できるからだ。現在の18~30歳の層にとっては一つの選択肢になりつつある。彼らは都市部にある創造性の集積地に集まって、みんなで協働する精神を重視している。

 

ポートフォリオ・ワーカー

異なる種類の仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」の時期。他の新しいステージと同様、年齢を問わず実践できるが、この生き方をとりわけ魅力に感じるのは、すでにスキルや人的ネットワークの土台を築いている人たちだ。このステージにうまく移行するには、フルタイムの職に就いているうちに、小規模なプロジェクトで実験を始め、汎用的スキルや社外の多様なネットワークといった変身資産を育むことが望ましい。
個人的に感じたのは日本においてこの3つのステージはマイノリティであるということ。学生からそのまま企業へと就職し、自らビジネスを起こす経験なくそのまま老年を迎える。転職のない一本道のキャリアの場合はポートフォリオ・ワークを行うスキルもネットワークも育っていない。

 

私は昨年からはじめて本格的に副業を始めた。現時点で収入口はブログの執筆、noteの販売、サロンの運営、不動産の運営、事業会社へのコンサルティング、アフィリエイト、投資など多岐に及ぶ。(いずれも微々たるものだが)

やってみて思うのはどれも最初はまったく稼げないということだ。しかしあるとき急にノウハウを理解したり、人脈を介して紹介してもらったりすることでそのポートフォリオの一口が華を開いたりする。だから副業もとい複業についてとるべきスタンスは長期保有なのである。現在の日本人のマジョリティの生き方として「長期で複業を持つ」というスタンスはほとんどモデルとして存在しない。


「昭和の幸せモデル」からいかに早く脱却できるか

「ライフシフト」が行う提案の真反対を行くのが実は日本の戦後・昭和時代の幸せな生き方モデルだ。
男はいい大学にいって大企業に就職し、途中で専業主婦の奥さんをもらって35年ローンを組んで家を買う。定年60歳まで勤め上げ、その後は引退、年金暮らし。今どき、鼻で笑ってしまうような超ハイリスクな生き方である。
「大企業でリストラされたらどうするの?」「そもそも倒産するんじゃない?」「奥さんと仲悪くなったら?」「不動産って今後下落トレンドですよ?」「年金もらえないかもしれませんよ」四方八方からいじわるな質問が飛んできそうである。

個別で見ると馬鹿らしいが、でもそれらをまとめあげた「昭和の幸せモデル」にこだわっている人はまだまだ多い。このようなハイリスクモデルが支配的な理由は、ひとえに団塊世代の人口ボリュームが原因だろう。彼らの価値観がそのままマスメディアから拡大伝達され、クルマ・不動産・家電、その他サービスに、マーケティングというお題目を通じてビルトインされる。

私の周りでもキャリアの早い段階で転職を経験し自らの市場価値を認識している人は、昭和の幸せモデルを脱却している人が多い。たとえば結婚しても親の実家に住んでいたり、クルマはカーシェアリングやレンタルで済ませていたり、あるいはライフワークとして副業を会社に認めてもらっていたりする。ただこれらの生き方は全体で見ればまだまだ少数派で一つの会社にしがみついて出世していくことが正しいという価値観は依然強く残っている。

私自身は別にその生き方を否定するわけではない。実際にそのルートに乗って非常に華々しく活躍している友人も数多くいる。ただし、くれぐれもマジョリティの生き方を選んで安心しないこと。20世紀は多数派が地位と権力を得る時代だったが、21世紀は少数派がそれらを奪還する時代なのだから。

 

 

 

おしまい

 

関連note

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−アフィリエイト歴10年の悠斗さんに副業を始める際のコツと注意点と聞いてきました。

23時の新宿デート by恋愛コンサル生さっつ

恋愛サロンメンバーで恋愛コンサル生のさっつ君(@S_a_t_2 )  からのレポートです。

さっつ君は、人見知りっぽさと人懐っこさ、突撃力とフリーズ力という矛盾するパーソナリティを生かした、新進気鋭のPick-up-Artistです。しかも「泥酔拳」の使い手でもあります。
ナンパで出会った女性と二回目のデートでゴールした臨場感あふれるレポートをどうぞ!

 

*****
恵比寿にて22:00からデートの約束。
待ち合わせにつくと見当たらない…
おや?と思い、電話を掛けると思っていたのと違う人がそこに。
(連絡先交換した時に記憶がなかった為誰だかわからない。)

「ごめんね!遅くなっちゃった!」
26歳のエミは小柄な女性で、緩めのパンツに赤いニットを羽織ったキレイめのカジュアルな装いで現れる。

『大丈夫だよ!久しぶりー。』

「あの時すごい酔ってたよね?(笑)覚えてくれてないかと思った!」

『もちろん覚えてるよ!』

という話しをしながらお店に向かう。
この子は先日あるbarで連絡先を交換したのだ。
かなり酔っていた為印象は良くないと思っていたのだが…
なぜか他に連絡先交換した人も含めLINEで好感触だった。
何を話したのだろうか…。

正直エミはまったくタイプじゃない。
そして、実はもう一件デートのオファーが来ている。
同じ日に知りあったもう1人の女性。夕子。

(既に一度会っているが、2時間限定だったので健全に解散した。)

既にデートの予定が入っていたので断ったのだが、もう一度LINEを飛ばす。
非道かも知れないが、後悔はしたくない。


『今日やっぱり早く終われそうなんだけど、予定いれちゃった?』

「終電大丈夫?23:00過ぎなら新宿いけるけど、24:30くらいまでしかいれないよー」

『とりあえず行くねー。』

時間みじかっ。しかし、流して約束を確定させる。
1時間半のデートじゃ何も出来ない?
関係ない。彼女を楽しませれば、結果はついてくる。

エミには終電が早いからあまりいられないと伝え、45分程の短い時間のデートになった。
僕は小学校で習った通り、目を見つめながら話をする。
我慢しているけど、照れている。
口元からそんな様子が見て取れる。

「落ち着いてるよね」

「彼女何人もいそう」

相手からのウケはだいぶ良い。何もせずとも仕上がっている。
おそらく、いやほぼ間違えなく優勝出来るが、誰でもいい訳じゃない。
申し訳ない気持ちを押し殺し、45分でチェックして店を後にする。
エミごめん。でも、アボカドフライは美味しかったです。

夕子と新宿で合流。
腰の高いロングスカートを履いたセレブなスタイルで現われた。
170㎝ある彼女のスタイルにとても似合っている。


「てかさ、さっつたん終電何時なの?」

『実はもう終電ないんだよねー。でも今日会わないともう会えない様な気がして。』

とか僕はほざく。すぐに話しを変える。
女性は要所要所で我々にテストを課してくる。
帰りたくないのに帰ろうとするそぶりを見せるのもその1つ。
そういうときは言葉ではなく、行動を視なければいけない。
彼女達はいい訳が欲しいのだ。

一件目はムッタさんから伺ったワインバー。
しかし、満席のため隣で軽くスパークリングワインを嗜んで待つことに。
そこではお互いの誕生日のことや、相手がどんな服が似合うか話した。(オンクさんのツイートで見かけた拡大欲求?に基づき、意外どころをチョイス)

例のワインバーからの着信が来るのにそれほど時間は掛からなかった。
移動してからは読んだ本の紹介をしあったり、ワインの話しをした。
それにしても、本読む人と話すのは有意義にも思えた。
僕もインプットの量を増やさなければ…。
気づくと、ほろ酔いの夕子は心なしか目を潤ませている様な気がする。

「あのさぁ、ずっとここで飲んでたら破産しちゃうよ?」

これはホテル行こーよ!のサインなのか?
それとも奢ってくれアピール?

『そーだねー』

一軒挟むべきか。
それともホテルで飲み直そうとするべきか。
思考を巡らせながら店を去る。

リーズナブルに行こうと言い、僕はコンビニ酒でどっかで飲むことを提案する。
コンビニのお酒は嫌らしい。
その辺のカジュアルなお店に入る。
対面席へ通される。
いつも隣同士に並んで、仕上げる為か分が悪い感じが否めない。
夕子はウイスキーも飲むようだ。
飲ませたい銘柄があるようだが、偶然ここにはなかった。
向かいのビルの一階にbarが見える。
薄暗い店内は今求めているシチュエーションにぴったりな気がした。
ウイスキーがありそうなことを理由に、店を変える。

薄暗い店内のカウンター席。
夕子のチョイスでロックグラスにウイスキーが注がれる。
お互いのお酒がどんな香りでどんな味がするか。どっちが好きか。
色んな話しで和む。
夕子の話し方がトロトロしてくる。
自然と手を握ったり、顔が近くなる。
軽く唇を重ねる。
いける。僕は確信する。

『そろそろ行こっか』

店を後にして、ふらふらする。

『三件目いこ!』

ホテルに突入。
夕子はちょっと困惑している。
けれど、嬉しそうに。

「え、え?本気で言ってるの?え、待って!」

スルーして受付する、スタッフに部屋が狭いことを告げられる。
狭いのはダメなようなので、隣のホテルに行くも満室。
結局先ほどのところへ。

『本当に狭いのかなー?』

『まぁとりあえず入ってみよーか!』

でゴール。

準々即。

 

−考察
・初見で泥酔していたのになぜ食い付きが良かったのか?
→おそらく一緒にいたPuANDAさんの存在が僕の価値を引き上げたと思われる。

・課題である和む場面では、やはり改善か必要だと思います。
→PuANDAさんの言う「話題に対して、自分ではなく、相手の視点から見つめて思考する」ということがまだしっくりはまっていない。日常的な会話から意識して行こうと思っている。
Pick-up-Artistへの旅はまだ始まったばかりだ。

 

******

-週刊恋愛サロン編集部のコメント

さっつさんは1人で行動し、結果を出せるプレイヤー。逆に言えば他のプレイヤーと合流することで遠慮して個性が出せなくなってしまうことも多いかと。ただ、それも含めた広義のコミュニケーションスキルを高めていくことで恋愛・ナンパを超えて通用する能力になっていくのでこの方向で頑張っていきましょう。実際遅い時間からスタートするデートは経験的にもゴール率高めです。中級プレイヤーとして戦術にいれておくといいですね。

 

 

恋愛コンサルティングとは、週刊恋愛サロン編集部が3人体制で出会い・デートetcの相談・指導を行うスタートアッププレイヤー向けのコンサルティングサービスです。

 

 

 

 

銀座コリドー街 初心者向けナンパスポット7選

『マツコ会議』などのテレビ番組でもたびたび取り上げられるナンパの名所・銀座『コリドー街』。日頃ナンパをする人間にとってはお手軽で気軽なウォーミングアップ場所なんですが、初心者やナンパに一歩踏み出そうという方にとっては未知の領域。そこで今回はあくまで初心者の視点からコリドー街ナンパのオススメスポットをまとめてみました。

 

目次


コリドー街とは?

JR有楽町駅と新橋駅の間にある線路沿いにある飲食店街。おしゃれな店や、安くておいしいお店も多い場所で、平日・週末を問わず、サラリーマン・OLを中心に賑わっています。年齢層的には男性はアラサー以上、女性は23歳〜という感じで女子大生は少なめです。

 

銀座コリドー街ナンパ事情

名著『もう合コンに行くな』でも紹介されているように、銀座自体がスーツナンパのメッカではあります。しかしなかでもコリドー街は特殊で、金曜日ともなるとナンパ祭りのような様相を呈してきます。綺麗めの女子2人組が歩けば、そこらかしこからナンパされ、数百メートル歩ききるのも大変でしょう。逆に言えばナンパが嫌いな女性は今から紹介するようなお店にはあまり行かないほうがいいです。普通の子ならほぼ100%ナンパされると思ってもいいかもしれません。

 

コリドー街ナンパスポット

銀座300BAR

有楽町から新橋にかけて3店舗存在する銀座のナンパバー。意気揚々とナンパしにと行くとほとんどが男祭り状態です(笑)。だいたいみんな考えることが同じなので、ここに行く場合は曜日や時間帯を意識していくといいです。要するに、金曜日の21時以降は絶対にいってはいけないということですね。

● 銀座300BAR NEXT 
東京都千代田区有楽町1-2-14 紫ビルB1 【Google Map】
月〜木 17:00 – 2:00
金・土・祝前日 17:00 – 4:00
日・祝 17:00 – 23:00
http://www.300bar-next.com

●銀座300BAR 5丁目店
東京都中央区銀座5-9-11 ファゼンダビルB1 【Google Map】
月〜木 17:00 – 2:00
金・土・祝前日 17:00 – 4:00
日・祝 17:00 – 2:00
http://www.300bar.com

●銀座300BAR 8丁目店
東京都中央区銀座8-3-12 第二銀座コラムビルB1 【Google Map】
月〜木 17:00 – 2:00
金・土・祝前日 17:00 – 4:00
日・祝 17:00 – 23:00
http://www.300bar-8chome.com

入店すると一枚300円のチケットを買わされます。ビール1杯がチケット1枚の価格なので非常に良心的だと言えるでしょう。ナンパ目的でなくても仕事帰りに一杯飲みたいときなんかにちょうどいいお店でもあります。チケットはその日に使い切らなくても、次回使うことが可能なので財布の奥の方にでも忍ばせておきましょう。そういえば金持ちのモテなさそうなおじさんに「俺、買えるから、兄ちゃんにあげる」とチケットを10枚くらいもらったことがあります。

具体的な声掛けやトークに関しては、こちらで解説しています。→ 週刊恋愛サロン第48号 

HUB銀座コリドー店

 


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都内を中心に多くの店舗があるHUB。キャッシュオンスタイルのバーで、ビール一杯700円くらいです。六本木や渋谷にはナンパにぴったりの形態(スタンディングメイン)のお店もあります。銀座コリドー店はテーブルが存在し、人が少ない時はナンパしにくいんですが、週末の夜はスタンディング状態になっており、むしろ自由にいろんな人に話しかけられます。サッカー中継や野球中継も放映しているときがあり、応援しながら隣の女子たちと意気投合するという作戦もありです。

https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13020299/

 

立呑みマルギン

コリドー街の有楽町側にいつも人気の立ち飲み居酒屋があります。行くとよく道の外で順番待ちをしています。ここは穴場スポットと言えば穴場スポットです。ナンパするよりは食事目的で来ているので、300BARのようなギラギラした雰囲気はありません。店の前で順番待ちをしているときや奥にあるトイレにいくときなどに、さりげなく女性にステルスナンパすれば意外とその後連れ出せたりします。コツはしつこくナンパしないこと。ナンパに疲れて小腹が空いたら行くくらいの感覚がちょうどいいのかもしれません。

https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13039815/

 

銀座333(トリプルスリー)

コリドー街から銀座西六丁目交差点方面に行くとビルの地下一階にあります。上で紹介した300BAR とよく似たコンセプトで1チケット333円で飲めるお店です。違いといえば、333のほうが爆音で音楽が流れているので、ゆっくり話すようなスタイルは難しいですね。bar以上クラブ未満といった印象です。ときどきパリピのような人たちが現れてかき回していきますが、スベってることも多いので動揺しないでいましょう。

https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13155585/

 

相席屋 銀座コリドー街店

有名になった相席屋。女性は飲み放題食べ放題が無料。ということで乞食目的の女性が多いです。週末は混みすぎていて順番待ちになったりもします。裏技として相席屋で順番待ちの子にナンパして、別の店に連れ出すという方法もありますが、おおっぴらにやると怒られますのでステルスナンパで行きましょう。男性は料金がかかりますが、ナンパと違って確実に話せるので初心者にはおすすめです。ただし運の要素が強く、相席屋に行くこと自体、「非モテ感」がムンムンでてしまうので初心者を卒業したら行くことはあまりおすすめしません。

https://www.hotpepper.jp/strJ001143861/

 

マッチングカフェ ロハス銀座

すいません。まだ現地調査が出来ておりません。が、たまたまコリドー街で声をかけたキャビンアテンダントの女性がロハス銀座に行ったことがあると言っていて、気になっているところではあります。コンセプトとしては「もっと気軽に異性の方と出会いたい」「少ない時間で出会いが欲しい」そういうニーズに答えたカフェスタイルの相席の場らしいです。

「本格ナポリ式コーヒー・エスプレッソやケーキを味わいながら初対面の異性の方と相席をし、お話をお楽しみいただく 新感覚のマッチングカフェとなっております」(HPより)

うん。謎ですが行ってみる価値はありそうです。

http://www.xn--hckh0ko84qy5za.com/

 

 

ストリート

店に入らずコリドー街の路上で声掛けして、近くのお店に連れて行くのでも全然可能です。特に週末などはお祭り騒ぎなので女の子に刺されば結構簡単に連れ出して、そのままゴールできたりもします。ポイントとしてはコリドー街にいるナンパ待ちの女性は男性のスペックに厳しいので学生風のファッションやヨレヨレのスーツを来て声掛けするのはNGです。いかにも「総合商社や広告代理店に努めています」みたいなスタイルで声をかけるとうまくいくかもしれませんね(笑)

ストリートでの声掛けに関してはこちらで解説しています。→週刊恋愛サロン第55号

まとめ

ナンパに興味があるけどいきなり渋谷や新宿でやる勇気はない。六本木はなんか恐そう。という方におすすめなのが銀座コリドー街です。ここである程度実践をつんで要領をつかむといろんなところでナンパできるようになりますよ。

ナンパでなんて声をかけていいかわからない方はこちらのnoteがおすすめです。

⇢  ステナン式声掛けオープナー集

⇢ ステナンの教科書

 

出会いスポット研究所レポート

出会いスポット研究所では様々な新しい出会いの場の実地調査を行い、レポート化しています。

 

300Bar銀座8丁目店

六本木・銀座・赤坂会員制ラウンジJAZZ LOUNGE en COUNTER

HUB攻略・町田店

横浜バーナンパ

名古屋バーナンパ

恵比寿横丁ナンパレポート

 

 

おしまい

 

 

セックス依存症&ナンパ中毒時代の私の生活

こちらの記事にも書いたが、数年前ナンパを始めた頃はビギナーズラックというものもあってか、面白いほど結果が出てしまって、コンスタントに一ヶ月で5〜6人くらいの新しい女性とセックスができるようになっていった。

いま振り返って見ると、純粋に楽しかったのだと思う。
「非モテ」状態を脱出したこと、いろんな女の子と話したり、デートしたりできること。それまで引きこもりがちで休みの日はキッチンドランカーと化していた自分にとって、こちらのほうが健全にも思えた。

ナンパの流儀として「色」(恋愛をほのめかしてセックスする)を使ってはダメだという考え方があるのだが、当時の私はそのあたりも意識せず、結果付き合うこともあったし、1、2回会ってそのまま疎遠になる関係の子もいた。

当時、興奮状態なのか日記をつけていた。今見ると気持ち悪いが貴重な資料である。

 

 

この○とか✕はセックスのありなしを示している。3月下旬の約11日間で9セットのセックスをしている。私はこのときは楽しんでいたわけであるが、この少し後から、自分の行動を懐疑しはじめるようになる。

もともと非モテであったために、セフレがいたり、ナンパしてセックスができることに憧れ混じりの喜びを感じていたわけであるが、それが常態化してくると「この状態って果たして幸せなんだっけ?」という疑問が頭をもたげてきた。

・「少しでもムラムラすると誰かにLINEして呼びつけてしまう」

・「夜、時間ができるとナンパに出かけてしまう」

・「金・土の夜は新規開拓をするために予定をあけてある」


このような症状が出たら、ナンパ中毒&セックス依存症を疑うべきかもしれない。
タイガー・ウッズを悩ませたセックス依存症だが、どのような状態が「セックス依存症」と定義されるのか。

 

ジョンズ・ホプキンス大学の神経科学者であるデイヴィッド・J・リンデンは、根本的な基準は薬物やアルコールや食物の依存症と同じだとして定義付けをしている。同書では依存症全般にあてはめることのできる「当該行動」という言葉を使っているが、そこにセックスをあてはめるとこのようになる。

1.自分や周囲の人の生活に支障をきたしているにもかかわらずセックスを続ける。
2.当人が「普通と感じる」ために、また生活上の通常のストレスに対処するために、セックスが不可欠だと感じる。
3.セックスをやめると自分で決め、人にも約束していながら、繰り返しそれを破る。
4.セックスに走ってしまったことを後悔する。

「必要なセックスが得られないと、身体的、心理的に離脱症状が生じる。また、最もはっきりしている点として、単なるセックス好きからセックスが必要という状態に変化していく。この段階で、生活に活力を与えてくれる素晴らしい快楽であったセックスが、日々の生活に向き合うために欠かせない作業の一つとなってしまう」

つまり、単にセックスが楽しいというだけではなく、セックスをしないではいられない、セックスなしには生活が送れないほど渇望するようになると、それは依存症へと片足をつっこみはじめているということだ。

HEALTH PRESS

 

私の場合、ここまでひどくはなかったが、片足を突っ込んでいたように思う。
怖かったのは、「できるのだから、やらなければいけない」というような強迫観念めいたものが出現しはじめていたことだ。
経験者にしかわからないかもしれないが、生活の価値の最上位に近い部分に「ナンパやセックス」が来てしまい、それ以外のことに対して価値を感じなくなってしまう状態。twitter上でアカウントをつくっている人の一部にもこういう価値観の存在を見かけるように思う。セックス至上主義・ナンパ原理主義。非モテ出身の人間がテクニックやステータスでモテるようになったときに陥りやすいトラップである気がする。

ここから私はどう脱出したかであるが、幸いなことに私は勤め人であった。

それ故、日々の業務が忙しくなると、なかなか精神的・時間的・体力的にナンパやセックスに勤しむことは厳しくなってくる。暇な時間があればナンパとセックスを繰り返したいたわけであるが、それがなくなると自然とそれが「なくても大丈夫な状態」にシフトしていった。

これで正直、中毒を卒業できたと感じている。いまもう一度生活が暇になろうとも、もう一度そういう状態に足を突っ込むことはどうやらなさそうな気がする。それは、中毒状態・依存状態というものが、とても不毛で消耗する生活であるということを一旦脱した上で実感しているからだ。

これを書いていて思うのは、ある程度の経済的自由・時間的自由を獲得した成功者のほうが、中毒症状にかかると実は抜け出せなくなるのではないかということである。

愛人9人過去最高80股の岡田斗司夫氏を思い浮かべるではないが、お金と時間があればどこまでも拡大できるし、また、生活を逼迫するほどのことが起こりにくく断ち切る理由やタイミングがなかなかに見つからないからだ。

結論としての私のスタンスはこうだ。

ナンパやセックスは現代の社会生活においては遊びである。だから楽しみたいときは思う存分楽しめば良い。人生のある時期、ある期間、タイミング、熱中するのもいいと思う。一方で、「遊び」であるからにはその「外の世界」にも自分をきちんと置いておく必要がある。そしてその両者の世界を自分の意志で行き来できる状態を作り出すことが結果的に、健全で生産的で安定した社会生活を送れる基盤となっていくと考えている。

おそらく外野から見ると、間抜けで馬鹿げたことを考えているようにも見えるかもしれないが、経験者としての当人は至って真剣である。ある先輩の経営コンサルタントが「女で身を滅ぼす経営者が多くて、そのコンサルティングに需要がある気がする」と冗談ぽく言っていたが、ハニートラップに引っかかって麻薬の運び屋として利用されたフランプトン教授の事例しかり、女をどう扱うかは男の人生にとって死活問題なのである。いや、本当に。

 
おしまい

 

 

すべての方法論オタクたちへ

 

大学時代の友人で大手予備校の講師になった友人がいる。

たまたま昨年末、飲む機会があったので、品川の適当な居酒屋で数時間だけ飲んだ。
全国のクラスを回っていてその日は冬季講習で大阪から帰ってきた彼はスーツケースを下げてやってきた。

そのとき印象に残った話。

今の子ども(受験生)はある意味不幸な環境にある。
調べればなんでも情報が出てくるせいで、一つのやり方を信じて愚直にマスターすることがどんどんやりづらくなっているという。

ためしに「予備校講師 評判」なんかで検索するとアフィリエイトっぽい作り方をされたサイト、口コミサイトなどがドゥワワワっと表示され、嘘か本当か分からないレビューが読み切れないほど掲載されている。
受験勉強をやる前の人間がこういう情報を目にしてしまうと、きっと一歩踏み出すことを躊躇してしまうのだろうなと思う。

私が受験生だったころ以上に今の受験生は勉強方法の選択肢が増えている。脳天気な大人はそれを手放しに賞賛するかもしれないが、実際の受験生にとっては気が散る要因になっていると彼は言う。

 

選択肢が増えると幸福度が下がる

私たちは皆、その(選択肢が多いことの)良さは知っています。ですから私は悪い面について話したいと思います。全ての選択には2つの影響がでます。どちらも悪い影響です。1つは、矛盾していますが、これが開放感ではなく無力感を生むということです。あまりにも多くの選択肢を前にすると、人は選択が非常に難しいと感じます。これの非常に良い例をひとつ出しましょう。定年後の年金投資計画に関する研究において、私の同僚がヴァンガードという巨大な投資信託会社から、約2000ヶ所の職場に渡る、約100万人の社員の情報を手に入れました。
彼女が調べたところによると、会社が提示する投資信託が10件上がるごとに 参加率は2%落ちたという結果が出たのです。50件の投資信託を提示すると、5件提示した時と比べて10%少ない社員が参加する。何故でしょう?
50件もの投資信託が提示されると、どれを選べばいいのか決めるのがとても難しくなり、人は「明日やろう」と後回しにしてしまうのです。次の日も「また明日」、「また明日」と延びていき、結局決断を下す「明日」は2度ときません。

http://logmi.jp/26437

講師の彼によると情報収集リテラシーのあるそこそこ頭のいい生徒ほどこの罠に陥るという。私の観察するところでもあるのだけれど、頭がよくてリスクを嫌う人種ほど「批評家」ポジションに行き着いてしまう。あれこれ情報を集め、失敗する理由をいくつも見つけ出し、結果自身で行動することを拒否してしまうからだ。ただ批判する能力は超一流で、その批判に捕らわれて自分自身が動けなくなっているほどである。受験生で「あの参考書は解説がよくない。あの講師は実は嘘を教えている」などやたら裏事情に詳しい生徒ほど実際の勉強自体に時間とエネルギーを避けず、本来のゴールである合格から遠ざかってしまう。

彼が言うには、参考書でも講師でも平均以上の評価で直感的に「合うな」と感じるものが現れればその瞬間から他を遮断して邁進する人間がもっとも成績が伸びるという。大学時代、哲学の授業で「常に疑え、自分が今考えていること自体が虚構かもしれないのだ」みたいなことを教わったけれど、そういう態度は現実社会で決められたゴールを突破する態度としてはとても不利である。

もちろん自らを俯瞰しその都度向かう先を微調整できる能力自体は十分価値がある。ただしその能力の副作用として「決められない」症候群に陥ることがあることを理解し、意図的にその能力を遮断するスキルを使える段階にいけるまでは、実はそこまで有益な能力でもないのかもしれない。

 

これを読んでいる人のなかには、就活生で複数内定をもらっていて、就職先を一社にしぼりきれないという人がいるかもしれない。「複数恋愛」をしていて彼女を1人に選びきれないという人がいるかもしれない。

そのときはこう考えてみるのもいい。
「選ばずに何もしないよりは、選んで失敗したほうが人生は面白くなる」
失敗することには価値があるのだ。

 

ここで私が言いたかったことは、「戦略と実行」のバランス感覚である。メタゲームとしての「どの戦略で動くか」という命題には時として値千金の価値がある。ただメタゲームをすすめる上で隠れた成功要因となってくるのが、「シミュレーション能力」と「実行フェーズへすぐにシフトできるフットワークの軽さ」である。現場経験のないロジックだけが正しい正論には価値がないし、実行できないお題目はストレスを生む分むしろ弊害である。

 

自分が方法論オタクに傾いてきたなと感じたときは頭の抽象度をあえてダウンさせ、現場に出てみることが実はもっとも有効な解決策であることが多い。

 

頭のいい若い人たちが陥りがちな罠。寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』というタイトルにはそういうメッセージが込められているのだと思う。