ナンパをする、と言うと、たいてい「え?」と驚かれる。

「船の話?」と言われたり、(それ難破)、「あ、大阪の…」と言われたり、(それ難波ね)、おそらく、「ナンパ」という単語と私の外見上・性格上のギャップを信じてもらえないのだろう。その気持ちはわかる。一見すると内向的で人に心を開かず目の前の箸袋を極限まで折り詰めている私が、ナンパをするとは想像できないのであろう。

そもそもなぜ私はナンパなどをするようになったのか。それは5年ほど前のある晴れた日に遡る。

桜の多くが緑の葉をつけ始めた、初夏のように暑い4月の日曜日だった。

当時私は日曜の昼間から「まいばすけっと」で買ってきた粗悪なワインを独りで飲んで引っくり返って寝るような生活をしており、起きたら23:55で、歯も磨かずにまた寝たり、屁をこいたりしていた。朝起きるとぼてっとした自慢のくちびるが粗悪なワインの紫色に染まっていて、もうすこしで妖怪人間になれたのかもしれない。

そんな生活をしつづけ、齢も30に近づいていながらもいつものように「ペヤングの大盛り」にお湯を注いでいたとき、突如、寂しさとムラムラがないまぜになったどうしようもない感情が襲った。

「あれ?俺このままひとりぼっちで死ぬのかな?」

ペヤングからは無情に湯気が立ち上っていた。

ネットで「彼女の作り方」などを5時間くらいかけて検索した。ペヤングはのび切っていた。『コミュ障でも3日でモテモテになる方法』みたいな名の10万円くらいする情報商材をクリックしそうになったとき、「あ。高い」と思った。

最終的には、リーマンナンパマスター氏の『もう合コンに行くな〜3時間で女をオトす恋愛戦略〜』をAmazonにて購入した。

 

******

翌週の週末、その本で「桶狭間」と名付けれた銀座のデパートの中間地点に私は立っていた。

歩く女性を追って後ろから回り込み、声をかけようとする。

「お、お…おうっ、オウッ」

オットセイみたいな声が出た。と思ったら女性はもういなくなっていた。

女性は遠く離れた場所から私を振り返った。不細工であった。

緊張するからオットセイのような声になってしまうのだ。もっとシュッとスマートに「やあ、元気?」みたいに声をかければきっといける。イメージはあれだ、谷原章介だ。

「俺は谷原章介だ、俺は谷原章介だ」と念じながら有楽町駅前の広場をぐるぐる回っているとなんだかテンションがへんな感じに上がってきた。

ベージュのスプリングコートを来た20代前半の女性の後ろから声をかける。

「やあ」

返事がない。

「やあ、やあ」

小走りに追っかけながら声をかけ続ける。まったく谷原章介の様相は呈していない。

すると女性は気色悪そうに私を一瞥し、小走りで去っていった。

迷惑防止条例に抵触したかもしれない。

 

落ち込みリストカットをしようかと思ったが腹が減ったのでコンビニでキットカットを買った。

食べながら口がもさもさするなと思っていたところに、向こうから石田ゆり子風の華奢な20代後半の女性が歩いてきた。

「これだ!」と私は思った。

勇気を振り絞って「あの、すいません…」と声をかける。

石田ゆり子はこちらをみて「?」という顔をする。

私は次の一言を探していた。

「あの、あ、う、あ、あ…キットカットはおいしいですか?」

何を言っているのだ。手に食べかけのキットカットを持ちながら、なぜそのおいしさについて赤の他人に尋ねているのだ。

石田ゆり子は「…はあ?」

と怪訝な顔をする。やばい、また気色の悪いやつだと思われてしまう。ここは谷原章介のような爽やかさを訴求すべきだ。

気づくと、私は無理やり引きつった笑顔をつくり、CMかというくらいのドヤ顔で石田ゆり子に食べかけのキットカットを手渡すという行動に出ていた。

「あ、大丈夫です。ごめんなさい」

石田ゆり子は関わるんじゃなかったというような表情をして私に憐れみの一瞥をかけ、去っていった。

夕日が眩しかった。「銀座一の哀れな男」は間違いなくそこにいた。

「ナンパなんてやるもんかい!てやんでえ」

そう思って帰ろうとしたときに、大きくてゴテゴテした派手なブーツを履いた女性が目に入った。

口をついて、出たセリフが「そのブーツ、めっちゃカッコイイですね」

女性にそう声をかけた途端、女性はハイテンションで「え、わかります?これニューヨークで買ってまだ日本で売ってないんですよ!男性物もあるんですよー」と私のほうを向いて話しだした。初対面のこの私に、である。

私はハトが豆鉄砲くらったような顔をしながら、「ま、マジですか。えー、僕も欲しいなー、どこのブランドっすかー」と棒読みのテンションで返答していた。30前後のファンキーな女性は、私のそんなテンションの低迷を気にすることもなく、ブランドの名前を教えてくれた。私は気が動転しており、ブランド名を覚えることはできず、「あ、ありがとうございます」と伝え、「し、調べて、買います」と残して自ら立ち去った。買うわけはなかった。

心臓はバクバクと鳴っていた。

私はそれまでの人生で見知らぬ人に声をかけるということを避けてきた。なるべく面倒を増やしたくない。できるだけ予測不可能な事態を回避したい。予定調和の事なかれ主義で貫こうとしていた。

しかし、その日から、私は立場をひっくり返し、自ら予定調和を乱していく人生を選び始めた。

人間、追い込まれればなんでもできるものである。

 

 

 

つづく…かも by PuANDA( @shoichirosm )

 

 

文献リスト

『もう合コンに行くな〜3時間で女をオトす恋愛戦略〜』