書評

【書評】格差と階級の未来に希望はあるか。

世界全体はどんどんと裕福になっているはずなのに、格差が開いているように感じるのはなぜなのか。

そんな疑問に『格差と階級の未来〜超富裕層と新下流層しかいなくなる世界の生き抜き方〜』は答えてくれる。

●私たちが感じる格差の正体

FACTFULNESSというベストセラー書には格差について明確なデータとともにこのように著述されている。

いまや、世界のほとんどの人は(豊かと貧困の)中間にいる。「西洋諸国」と「その他」の国々、「先進国」と「途上国」、「豊かな国」と「貧しい国」のあいだにあった分断はもはや存在しない

 

グローバルで格差は縮まっており、貧富の差も少なくなっている。
「格差の拡大」は嘘なのだろうか。

一方、「格差と階級の未来」にはこうある。(一部要約)

 

昭和の戦後時代は正直にまじめに働くことが結果として報われるという意味で、幸せな時代でした。報われるからこそ、体調がつらくても毎朝同じ時間に起きて、ラッシュの電車にゆられながら出勤し、終業時刻までまじめに働いたのです。 また 「日本的経営」と言われたように昭和の会社は社員を家族のように守ってくれました。正直で勤勉に過ごしていれば会社は社員を守ってくれる。一方で不正を働き会社に泥を塗った人は、会社から放り出され道を外れて残念な人生を歩む。みな、そう信じて働いてきました。

(中略)

今、21 世紀に入って以降、日本を含む先進国で格差が社会問題になっている一番の論点は、この「正直で勤勉な人たちが報われなくなってきている」という点にあります。 私たちは資本主義の社会に生きているわけですから、ビジネスに成功した者が大儲けすることで経済全体が発展するのは良いことだと教わってきました。問題はその成功が正直で勤勉な人たちの生活を侵食しはじめたことにあります。しかも、大資本によるチェーンストアの拡大やイノベーションによる技術の陳腐化など、その侵食の手段は合法的であり資本主義の原則にものっとっているため、それが社会的に良いことなのか悪いことなのかについては意見が分かれる性格のものなのです。 誰もが「何かが少しおかしい」と思いながら、ルール上は「ここがおかしい」と追及しきれない。それが現代社会の格差の問題です。

 

 

私たち一般ピープルが感じる世間とは、知り合いとその知り合いくらいのコミュニティだ。
「アメリカ人とインド人とジンバブエ人」がないまぜになったグローバルなリアリティ感覚を持ち合わせている人はそうそういない。

つまりは、いくらグローバルで格差が縮小したところで、知人とその知り合いの格差が開くと我々は格差が拡大したと認識してしまうのである。
「アフリカと日本の差は縮まった。めでたしめでたし」なんて思う人よりも「俺は非正規雇用なのに、中澤が起業して大金持ちになった。おかしくないか?!」と思う人が多数だということだ。

そして、この「おかしくないか?!」の背後には、あれだけ刷り込まれた「正直と勤勉」が正当に報われないという苛立ちが作用している。この不公平感こそ、現代(そしてこれから)の大衆が抱く感情のコアになって行く可能性がある。

 

●とはいえ「年収1000万円」を目指すことも微妙

「格差の底辺は嫌だ!俺は年収1000万を目指す!」

なんて目標を掲げる若い人も多いと思う。

いろんなところでチヤホヤされる年収1000万円という指標。
ただこれは気をつけないと最も搾取されるポジションかもしれない。

 

ユニクロを運営するファーストリテイリングの柳井正社長が予言した「これからは年収1億円の社員と年収100万円の社員へと二極化す る」という方向へと、資本主義の虚構が動きはじめたのです。(中略)その結果、上昇志向が強く、生き残りに熱心な社員ほど、3年から5年で次の会社へと転職しながらキャリアアップを目指します。会社に翻弄される使い捨ての人材から、自分で自分の人生を切り開けるキャリア価値の高い人材を目指すわけです。 「凄腕で頼られる人間になれば使い捨てにされることはない」 みなさんもそう考えるかもしれません。

この考え方はキャリア戦略としては悪くはないのですが、たぶんそういった生き方を目指している 方々が気づいていない大きな落とし穴があります。「年収1000万円の仕事」というポジションは、よくよく見ると実はかなり体力も心も消耗する仕事で、同時に富の食物連鎖の底辺の労働者よりもきつく搾取されているのです。 (中略)
そのうえで年収1000万円のポジションでは、結果を出せなければ簡単にその座を追われるものです。言い換えるとその恐怖からみな、必死になって利益を稼ごうと死ぬほど働く。それが年収1000万円の世界です。 一見華やかでうらやましい年収1000万円の世界は、意外と消耗し、使い捨てにされる世界でもあるのです。

 

チヤホヤされるポジションほど実は美味しくない。
アイドルとか、スタートアップ社長とか、エリートサラリーマンとか、キラキラしていてチヤホヤされるポジションは、みんなが目指すぶん、替えがアホほどいる。だから、ちょっとでも手を抜くとすぐにライバルに寝首をかかれる。

この事実に対抗するには、たとえば「年収」というわかりやすい指標を捨てることだ。
世の中に流通するわかりやすい指標だけで物事を判断しないこと。
もちろん参考にはすべきだが、自分自身の判断はもっと解像度の高いオリジナルな指標でやるべきだろう。

実際、このあたりは個人差があり、橘玲氏が『幸福の資本論』で提案している
①金融資本②人的資本③社会資本の3軸で調整していくのが、大きく外さない方法であるとは思う。

『幸福の資本論』は何を追わなくていいかを教えてくれる

●富裕層が有利な資本主義は未来永劫つづくのか

この本では「新しい相転移はいつ起こるか」というテーマで、次の社会構造の大きな変化を予期している。

現在のような資本主義セントリック、 富裕層セントリックな時代はいつまで続くのでしょうか。そして世界経済の 次の相転移は、いつ何が引き金となって起きるのでしょうか。 おそらく2035 年ぐらいまで、リーマンショックから数えて25年ほどの期間、それは続くでしょう。 2035年頃に次の引き金を引くのはインターネットとはまた違う技術進化。それは現在の二進法のコンピュータ上で 動く人工知能(AI)とは異なる技術で誕生する「人間を超えるAIが登場するとき」だと私は考えています。

 

資本主義をベースとした社会構造から、AIをベースとした社会構造への変化。
こうなると、資本主義の血液である「お金」以上に、AIを駆動させる元ネタになる「データ」や「生情報」が重要になってくるのかもしれない。

予想でしかないが、人間としては「お金持ち」よりも、「人気持ち」「信頼持ち」「希少体験持ち」の価値が大きくなる可能性がある。

その例としてトークンエコノミーが挙げられている。

トークンエコノミー自体は、うまく仕組みが発展していくと新しい経済を生み出します。たとえばこれまでの経済ではその価値が換金化されていなかったものが、世の中にはたくさんあります。学校のクラスにかわいい女の子やイケメンの男子がいるとして、それはあなたが学校に行くインセンティブになっていたとします。それも実は経済価値なのですが、その価値は測定もされていませんしお金にもなりません。しかし実際の21世紀の経済は、可視化しにくい「いいね」の拡散によって動きます。

2010年代、インフルエンサーという存在が認知され、消費や広告にも大きな存在感を示している。これは一過性のブームではなく、大きな社会構造の転換の予兆だ。

それまではテレビや雑誌といったメディアが影響力を持っていたが、個人が簡単にアカウントやチャンネルを作れるようになった結果、メディアの無限増殖が始まった。一方で、コンテンツやタレントは有限であるから必然的に魅力的なコンテンツをつくれる個人の価値が高まっていく。

ソーシャルメディアの未来は、5G・EC連携・キャッシュレス・グローバル化などと相まって、どんどんと影響力を増していくため、この流れはますます強化されるはずだ。

このトレンドのなかで20世紀型の資本家(富裕層)とは異なった形での「新たな勝ち組」が現れるだろう。

 

この本にある具体的な解決提案は「金融資本をそれまでに貯めよう」というくらいで、新しい生き方提案は具体的になされていない。しかし、この本が提起する問題意識を常に頭の片隅に入れながら、仮説をたて試行錯誤して生きていけば、時代の変化に取り残されることはないと思う。

 

 

おしまい。

 

 

『格差と階級の未来〜超富裕層と新下流層しかいなくなる世界の生き抜き方〜』

変化の時代が苦手な人に読んでほしい、最新のキャリア論

 

 

 

 

 

 

 

 

『仕事人生のリセットボタン』為末大・中原淳

毎年、毎年、就活生の相談に乗ることも多く、偉そうにしている私であるが、
どうも最近、就活生に対しても、自分に対しても、キャリアの考え方をきちんとアップデートしていかないなといけないと思っていた。

個人的には金井壽宏氏や、高橋俊介氏の著書がお気に入りで、
考え方としては、ガチガチに決めていく「キャリアデザイン」ではなく、
大きな方向性だけ決めてあとはタイミングごとに考える「キャリアドリフト」でやっていこうという方向性だ。

(参考)
「キャリア・ドリフト」・・・自分のキャリアについて大きな方向づけさえできていれば、人生の節目ごとに次のステップをしっかりとデザインするだけでいい、節目と節目の間は偶然の出会いや予期せぬ出来事をチャンスとして柔軟に受け止めるために、あえて状況に“流されるまま”でいることも必要だという考え方。

でも、こういうキャリアドラフトという考え方を持ったとしても、現在の変化は早すぎかつ複雑過ぎて、
チャンスだと思ったタイミングで飛び移れない人がたくさんでているんじゃないか、と最近は思ったりもしていた。

そんなとき出会ったのが、為末大氏・中原淳氏の『仕事人生のリセットボタン』という本。

タイトルだけを見ると、「退職本」みたいに見えるので、きっと若い人は手に取らないような気がする(笑)。
たしかツイッターか何かに書評が流れてきて、興味深く思ってポチったのだ。

為末大選手はもともと陸上の100m走の選手。中学校のときに全国一位だったが、高校生の時に伸び悩みを感じ、400mハードルへと転向する。その後、22歳でシドニーオリンピックに出場、23歳・27歳世界陸上で銅メダル、その後オリンピックでメダルをとることはなかったが、コーチや解説者では生き延びれないと判断し、現在は経営者に転向。

この本は、為末氏の各時代の葛藤を仔細に描き、その時の判断・キャリア戦略などが、為末氏の生々しい主観的な視点と、人材開発の研究者である中原淳氏の客観的な視点で解説されている。

 

個人的に印象的だった箇所をピックアップしてみる。

 

●負ける主流か、勝てる傍流か

なぜ為末氏が花形の100mを捨て、ハードルに転向したかという箇所。
ここには明確な狙いと戦略が存在した。もちろん当時高校生だからすべて言語化されていたのかは分からないが、直感も含めて転向を判断したことが現在の為末氏の言葉で語られている。

中原:
この(高校二年の100m選手時代に肉離れで怪我をした)あと、為末さんは、高校時代、「陸上のチャンピオン」である100メートル競争から、大きく方向転換し、ハードルに転向いたします。そのプロセスの中では、どんなに頑張っても結果が出ない、という長い「踊り場」がありました。

(中略)

為末:
当たり前の話ですが、「勝てるものを選ぶこと」は勝つための最良の方法です。特にスポーツ選手は「最後まであきらめない者が勝つ」と思われている人が多いと思いますが、実際はどの選手もライバルを意識しながら自分の立ち位置を考えていくんですね。そしてどの選手も”天才”と呼ばれる人に必ず一度は出会います。本当の天才は”最後まであきらめずに”そのまま勝利へと突き進むのですが、そういう例は稀です。…僕は、以前は自分のことを天才だと思い込んでいたのですが、本当の天才に出会った時に「あ、僕は天才じゃないんだ」というのをはじめて理解して、そして導いた答えが「天才と真っ向勝負しない」「天才が天才であることがうまく活かされないステージを選ぶ」ということでした。

このような形の「挫折」は誰にでもあって、30人のクラスで1番でも学年では埋もれるし、学年でトップでも学校の外に出たらもっとすごいやつはたくさんいる。みんな小学校から無意識に自分の順位を肌感で感じとっていて、何なら自分は比較的いいポジションに入れるんだろうと考えていたりする。勉強なのか。スポーツなのか。はたまたお笑いなのか。ケンカなのか。

為末氏が面白いのは「天才と真っ向勝負しないステージ」としてハードル競技を選んだ、ということだ。
「競合の強くなさ」を算定した上で自分のポジショニング戦略を考える。これは一般人の我々にも使える考え方だ。
たとえばバイリンガルの人が、外資ではなくあえて超ドメスティック企業に入って、海外担当役員に抜擢されるみたいな戦略だろうか。

 

 

●3年ごとに大きな転換を求める/7割くらいのときに「もう終わり」だと感じろ

「コンテンツの賞味期限」「オワコン」という言葉は一般化しているが、それに対して、中の人はどのように向き合う必要があるのかが、語られている。すなわち、「オワコン人材にならないためのヒント」である。

為末:
3、4年ごとに大きな転換をしたがっている気がします。何かを「いじり」たがっていますね。2001年の世界陸上エドモントン大会で銅メダルを獲ってから、会社に一年半ぐらいいたけど、そのうち「うーん」と思ってフリーになった。短距離からハードルに移行した時も、そうだったかもしれません。

(中略)

中原:
僕はキャリア選択において、ひとつ持論があります。たぶん、人生には、いくつかの上り坂やピークが何回もあるんだと思うんです。僕の持論は、「ピークの下りはじめになってから、次は何をしようかって考えるのは遅すぎる」、というものです。…人生において、次に何をするかは、ピークの上り坂の七合目くらいで考え始めてちょうどいいと思っています。でも、多くの人は、次に何をやるかを考えるのが遅いんです。

終わる前に新しいことを始めておくこと。
たいてい、ロケットスタートしてるように見える人は、他人がまだ気づいていない時期から準備を始めてたというパターンがたしかに多い。「これが終わったら、次は何だ?」という視点は常に持っておきたい
ただ、それをするためにはある程度の余裕が必要で、現業を6〜7割に抑えながら、未来の「兆し」探しみたいなことを残りのパワーでやっておくほうがいいのだと思う。
こうすることで、過去と未来が意外な形で接続され、あなたのキャリアがオリジナルなものになっていく。

●人生をピボットターンで進めていく

上で述べたオワコンを回避するために、中原氏は人生をピボットターンで進めていくというアイデアを提唱している。
軸足を持ちながら、もう一方の足で新たな領域にチャレンジするイメージだ。

中原:
僕は学生にこんなことを言うことがあります。新たなことをするときには、「ピボットターン」のイメージでやったほうが成功に近づく。ピボットターンとは、バスケットで出てくる動きですよね。いったん軸足を決めてストップしたら、もう片方の足で方向を決めて動く、というルールです。…「今の自分」や「これまでの自分」を軸足とするならば、新たなことをやりたいときには、この軸足をまずは地にどっしりと落ち着けなくてはならない。つまり、この軸足を活かすことを考える。…「これまで」と「これから」のバランスをとりながら、新たな物事にチャレンジしていったほうがいいと思うんですよね。
たとえば『ライフシフト』の中で、リンダ・グラットンは、2007年生まれの日本の子どもの50%は107歳まで生きると予想しています。そして、100年生きる世界では、80歳まで働くことが常態化すると言います。そういうことになると、一つの場所だけで「右肩上がりの単線エスカレーター」はさすがに無理ですよ。ときに起業したり、複数の起業で働いたりすることになるんじゃないでしょうか。

イメージしやすいのは、
自動車業界の経験を活かして、ITの業界に行き自動車とIOTの開発を担当する。その後、IOT開発の経験を持って、家電の領域へ行き…みたいなキャリアだろうか。

これに限らず、いろんなところで「掛け算」「組み合わせ」と言われているのは、もはや単一のテーマだけでは3ー5年しか個人のキャリアも、企業の儲けも持たないので、複数の要素を同時並行で鍛えて置くのが理想だということだ。

●より複雑な社会に変化するときに、具体的な入門書

この本がとてもいいと思うのは、為末氏という陸上選手のキャリアを通して、今後の一般人のキャリア論にまで昇華しているところだ。スポーツ選手のキャリアは、結果第一主義であり、同時に不運な怪我によって一生のプランがそこでストップしたりする。それから慌てて次のキャリアを考えても鳴かず飛ばずだったりする。

そんな波乱万丈かつリスクの高いキャリアを歩んできたアスリートの具体例を、研究者の視点でわかりやすく紐解き、一般の会社員にも応用可能にブレイクダウンしている
特に、産業ごと突然死しかねないこれからの時代に、アスリートによって培われたキャリア論は、非常に示唆に富むものだと思われる。

私自身は、この本を読んで、なおさらに「みんなが目指すところへ行ってはいけないな」と感じたし、
「副業・兼業・趣味・人間関係」をそれぞれ独立させつつ、維持させていく重要性を実感した。

30歳前後〜40歳前後のキャリアについてモヤモヤ考えている人におすすめの一冊です。

 

written by PuANDA

 

 

『ドリルを売るには穴を売れ』書評

「ドリルを売るには穴を売れ」誰でも売れる人になるマーケティング入門

 

この本は「実践的な」マーケティングの名著です。
大企業のマーケティング・リサーチ部門なんかの仕事ではなく、
起業や副業で自分でモノを売るときに、どうやってコンセプト開発やターゲティング、
USP開発をすればいいかを考える際の大きなヒントをくれます。

 

複業ラボでもおすすめしていますし、PuANDA Social Media LABの方でも課題図書に指定しました。

PSMLラボメンバーからの書評が届いたので紹介します。

 

 

インサイト一点突破のSNSマーケター・イエス氏の書評

コーヒーといえば、BOSS。
ステーキといえば、いきなりステーキ。
可愛いといえば、ガッキー。
このように、普段の生活の中である単語について考えた時に、頭に浮かんできたものについて、なぜ思い浮かべたのか考えたことはあるだろうか。
実はその商品が頭に浮かんだということは、その商品のマーケティングが成功しているということだ。

こうした考え方ができたのは、『ドリルを売るには穴を売れ』というマーケティングの本を読んだからで、マーケティングを少しバカにしていた自分にとって一つの衝撃が走った本である。

この本の中で筆者は、あるレストランの再生を手がける新人マーケターを主人公にして「お客様に価値」を提供することの大切さについて述べ、本の最後にこのように書き記している。

「マーケティングはお客様のココロの中で起きている」ということであり、このようなストーリーはあなたの隣でも起きているはずだ。”

つまりは、生活の全てがマーケティングできていると言っても過言ではない。

おっと、あの子からメールだ、これは僕のマーケティングが成功しているらしい。
つまりこういうことだ。

 

 

石垣島で農業と観光案内人をするハイブリッド型しまんちゅ・フジK氏の書評

–ずっと不思議だったことを話そうと思う。

僕はよく、友人のTと飲みに行くんだけど、
「どこか行きたい居酒屋はある?」と聞くと、

Tは決まって
「○○がいい!」
と、同じお店の名前を言う。

「何故だろう?」

・すぐ近くには、他の居酒屋もたくさんある。

・ここの店は、特にご飯が美味いわけでも無い。

・店内の雰囲気もこれといった特徴は無いし、

・ディズニーのキャストのような店員がいるわけでも無い。

…ずっと不思議に思っていた僕は、Tに聞いた。

「なんでさ、Tはいつも この居酒屋を選ぶの?」

そうするとTは答えた。

『○○のキンッキンに冷えたビールが飲みたいからだよ!』

…なるほど。
確かに○○のビールはいつも、
ジョッキがガッチガチに凍って出てくる。

その圏内にある他店には、無いサービスだった。

–実は、日々のこういった何気ない会話や、
自分が「何故このお店を選んだのか?」を考えることが
マーケットを「掴む」ためには重要である。

Tは、間違っても
『あのお店は、まさに外食市場のトレンドを先取りした新感覚の居酒屋だよね!』
なんて風には、言わない(笑)

売り手と買い手の「感覚」が、
いかにズレてしまいがちなのかを、僕はこの本から学んだ。

『ドリルを売るには穴を売れ』

あなたが何か、モノを売ろうとするとき。
机上であれこれ考えるよりも、日々の生活の中からヒントを得るべきだ。

例えば、
つい、コンビニでサンドイッチを買ってしまったとき、
「なぜ俺は、このサンドイッチを買ったんだ?」と考えてみることが
マーケティングセンスを磨く手っ取り早い方法である。

そう、、、
マーケティングは会議室で起きているのでは無く、僕たちのココロの中で起きているんだ。

『ドリルを売るには穴を売れ』

 

弱小リーマンからの下克上を応援する「リーマン下克上コンサルタント」くまぽん氏の書評

「なんであんなヤツが自分より評価されるんだ…。」
そんな悔しい思いを会社でしたことはないだろうか。自分の方が仕事ができると自覚しているのなら、尚更である。
たまたまアイツが上司と相性がよかったから。たまたまアイツに得意な仕事がまわってきたから。たまたま、たまたま。
確かに、アイツの運が良かっただけかもしれない。しかし、そんなアイツに、あなたが負けているポイントが一つだけある。

それはマーケティング戦略だ。

アイツとあなたが同じ商品棚に並んだ時、上司はアイツを選んだ。同じスペックもしくはそれ以下の商品が選定されたということは、明らかにマーケティング戦略において負けているのだ。
『ドリルを売るには穴を売れ』という本には、マーケティングの基礎理論が、誰にでも分かるよう優しく丁寧にまとめられている。
本書では、マーケティングの本質は「お客さまにとっての価値」としている。

自分自身を商品として捉え、どんな価値を提供できるのか、改めて考えてみよう。
マーケティングの視点で、自分がやるべき事が見えてくるはずだ。

 

 

30代年収1000万、未来を模索する銀行員メリル氏の書評

「人がお金を借りる理由」を「時間の短縮」だと再定義してみると、金融業はまた変わった見え方をする。
それがこの『ドリルを売るなら穴を売れ』というマーケティングの名著を読んだ銀行員としての発見だ。

銀行員はあまりマーケティングに縁がないが、まさに視点をアップデートするために学ぶべきだ。
どの銀行も扱うのはお金という、モノとの交換に使う道具だ。利息が高い低いの差はあれど、お金自体に差はない。お願い営業や過去の取引地位等に頼らず、自分の銀行を選んでもらうにはどうしたらよいだろう。

この本では、そもそもマーケティングとは、“顧客が得る価値>顧客が払う対価 この不等号を維持・拡大するすべての活動がマーケティング”とされており、左辺を大きくするか、右辺を小さくするかの2つが行動となる。
では、銀行員にとって、”顧客が得る価値”とは?例えば、融資(お金を貸す)のとき、何が価値となるだろう?お金は道具であって、何かと交換して初めて価値がでる。とすると、何か欲しいものを見つけてあげようと考えるのが妥当だ。

しかし、もう一歩考えを進めたい。たいていの人はお金を稼いでいる。借りなくても、貯めたり節約したり時間をかければお金は手に入る。
であれば、お金を貸す価値は、”時間の短縮”だということが一つ言える。だとしたら、急ぐ理由を説明してあげることが本来の価値を売るやり方だ。

視点をアップデートするために、マーケティングを学んでみよう。日々の退屈な業務が変わって見えるはずだ。

 

 

 

 

面白いのは読む人によって気づきのポイントが微妙に違うこと。
しかもマーケティングから遠い仕事をしている人ほど、大きな発見があること。

この本はとても読みやすいので、日頃マーケティングに縁のない方にぜひ呼んでもらいたい一冊です。

 

 

おしまい

 

 

迷ったときの、ピーターティールという指針

ピーター・ティールというアメリカの投資家をご存知だろうか。

1998年にPayPalを共同創業して会長兼CEOに就任し、2002年に15億ドルでeBayに売却。

その後、facebook初の外部投資家となり、航空宇宙、人工知能、先進コンピュータ、エネルギー、健康、インターネットといった分野で革新的なテクノロジーを持つスタートアップに投資する投資家として知られる。

その一方で、2016年アメリカ大統領戦で大方の予想に反し、トランプ支持を表明し、トランプ大統領のテクノロジーアドバイザーを努めたりする、政治とテクノロジーの間を行き来する男だ。

シリコンバレーの大物たちとトランプ大統領の溝を埋め、建設的な道筋をつけるために、
ティールは、

・ティム・クック(アップルCEO)
・ジェフ・ベゾス(アマゾンCEO)
・ラリー・ペイジ(アルフェベットCEO)
・シェリル・サンドバーグ(フェイスブックCOO)
・サティア・ナデラ(マイクロソフトCEO)
・イーロン・マスク(テスラCEO)
・アレックス・カープ(パランティアCEO)

とトランプ大統領の会合を設定し、成功を収めるほどの調整手腕も持つ。

ティールの大局を見る眼ほど思考をインスパイアするものはない。私はそう考えている。

この書『ピーター・ティール 世界を手にした反逆の起業家』からも、存分に思考の材料をもらった。

 

 

個人的に指針になった箇所を以下に紹介したい。

 

 

1)競争する負け犬になるな

 

競争からはさっさと身を引き、他社との競合を避けよう。創業者が独占をめざすべきとは、競合他社と明確に差別化でき、競争に陥らない唯一無二の企業をつくるということ だ。資本主義と競争は同義語だと考えられているが、ティールにとって両者はむしろ水と油の関係にある。 (中略)まわりの人間を倒すことに夢中になってしまうと、もっと価値があるものを求める長期的な視野が失われてしまう。ティールは若い頃から競争を熟知していた。競争からは幸福感も充実感も得られなかった。彼は固い友情と信頼関係を生かしてビジネスを展開した。また起業と投資に際しては、可能なかぎり競争を避け、他に例を見ないビジネスモデ ルに基づいて行動した。

ピーター・ティールの著書『ゼロ・トゥ・ワン』にもあるとおり、競争からは新しいものは生まれない。むしろ、「他の大勢が真実だとは思っていない真実」を発見したところから独占の芽が生まれる。
だからこそ競争からスタートしてはダメなのだ。目と耳と心を澄ませ、他人には見えないチャンスにまず気づいてから起業しても遅くはない。

競争しなきゃいけないということは、誰か(大勢)に気づかれている市場であるということだ。それがわかった時点で市場をズラしながら独占できる市場を常に探るのが、ティール流の人生戦略といえるだろう。

人生で何をしたいかと問われて「起業家になりたい」と答えるような人がいるが、それはビジョンとは呼べない。投資家としてのティールは、どんな企業も政府もこれまで解決しようと思わなかった重要課題にとりくんでいる企業と経営者を探して投資するわけで、まずその課題を見つけるところが最重要ポイントなのだ。

 

2)神経を研ぎ澄ませよ

 

 

では、そのオリジナルな課題をどうやって見つければいいのかということなのだが、ピーター・ティールはこう言っている。

「人は、完全に模倣から逃れることはできないけれど、細やかな神経があれば、それだけでその他大勢の人間より大きく一歩リードできる」

ティールのスタンフォード大学時代の恩師ルネ・ジラールは「模倣と競争」を研究テーマとしていた哲学者だが、このテーマがそのまま彼の投資・起業の哲学となっている。
誰とも争わない独占市場を築くのが最も賢いビジネスであり、競争は負け組の始まりだと言うティールの思想は、アンチ「模倣と競争」とも言い換えることができる。

そして、「模倣と競争」から逃れるためには、細やかな神経が必要であるとティールは言う。
いかに細かな差異に気づけるかがポイントだ。

実際、コンテンツ・ユーザーインターフェース・デザインetc、ビジネスのフィールドはどんどん感性の方面にシフトしている。

機械やテクノロジーが力仕事やルーティン仕事を代替してくれるようになり、差別化するポイントが「感じる」ことと「意義付ける」ことくらいしかなくなっているのだ。

そのために必要なのは、競争という予め定められたルールの上をひた走る力ではなく、微差を感じ取り抜け道を見つけ出すスキルだが、それを養うには、なるべく広い視野と、経験と、思考のフレームが必要となる。

そして、残念ながら、それらは一朝一夕に身につくものではない。

ティール自身も相当な読書家で、テクノロジー・政治・経済に対する確かな知見のバックにはその読書量がある。
以下は、この本に紹介されているピーター・ティールの愛読書だ。

世の初めから隠されていること』(ルネ・ジラール)

ニュー・アトランティス』フランシス・ベーコン

アメリカの挑戦』(ジャン=ジャック・セルバン=シュルベール)

『大いなる幻滅ー軍事力と国家優位性の関係の研究』(ノーマン・エンジェル)ー未訳

ダイヤモンド・エイジ』(ニール・スティーブンスン)

 

3)隠されているドアから入れ

ティールは逆張り屋を自認しているばかりでなく、実際そのように行動している。ドットコム・バブルがはじけた直後の 2004年という最悪のタイミングで、エンドユーザーを対象にしたBtoCのインターネット企業フェイスブックに投資 したのがいい例だ。パランティアの創業時も、当初は実質的に自己資金だけではじめなければならなかった。他のベン チャーキャピタルは、B toBでしかも政府機関と取引をしようというインターネット企業に将来性があるとは考えなかっ たからだ。ティールは2度にわたってベンチャーキャピタルの常識をくつがえしたことになる。現在フェイスブックの企業 価値は数千億ドルで、世界トップ10にランクイン。パランティアの企業価値は200億ドルに達しており、シリコンバレー の非上場企業のトップ3に食い込んでいる。

法外な利益を得ようと思うのなら、トレンドとは逆に投資し、適切なタイミングを見計らって売り抜けることだ。そのためには、大勢が退去して押し寄せている門には近づかないことだ。誰も近寄らないようなひっそりとした入り口にこそ、大きなリターンのヒントが有る。
隠されているドア、脇にあって誰も入ろうとしないドアから入れとティールは言う。

マタイによる福音書にもこんな一節がある。

「狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きくその道は広い。そこから入っていくものが多いが、命にいたる門は狭くその道は細い。そしてそれを見出すものは少ない」

超簡単に言えば、「キラキラしたものを追っかけると破滅しますよ」ということだ。
就活でも転職でもそうだが、人気業界・人気業種に行くと不毛な競争に消耗し、本来やるべきことに力を割けず脱落していく者が多い。先に上げた「模倣と競争」のように多くの人はマネをして、多くの人が群がる場所に行き競争を繰り返して消耗する。

光に集まる虫の大群。満員電車に揺られて都心に群がるサラリーマン。これは生き物の性なのかもしれない。

だからこそ理性を働かせて、あえて逆張りすれば大きな利益を得られるのだ。

 

●まとめ

 

以上がこの本を読んで個人的に刺激を受けたことだ。
とくに「 2)神経を研ぎ澄ませよ」はこれからの生き方の指針として基礎となる考え方だと感じた。
何も考えずみんなと同じことをやっていては、自身の価値がどんどんどんどん下がっていく、そういう時代になっていくのだ。

 

by PuANDA

 

 

以下は、関連記事です。

「みんなと一緒」は買い叩かれる時代になったらしい

アホと戦わない方法

ZOZOの前澤氏がこんなツイートをしていた。

 

 

そしてその後にこんなツイートもしている。

 

自分は前澤氏の器の1万分の1にも満たない人間なので、こういう現象を見た時、レベルが高すぎる人がレベルの低い人に絡まれることは社会全体の不利益なんじゃないかなと思ってしまう。

もちろん、SNSは誰もが気軽にコミュニケーションを楽しめる社会を実現したし、普通にしていたら出会わなかった人たちをつなげて、新しい価値を生み出すという役目も果たしている。ジャスティン・ビーバーとピコ太郎の関係なんてまさにそうだ。

ただ一方で、現実が違いすぎる人たちがコミュニケーションをすることで、お互いを理解できず、論争や罵倒の仕合いに発展することも多くある。Hagex氏の刺殺事件は記憶に新しい。

この負の側面に対して何かしら知見はないものだろうかと探っていたら、非常に興味深い本を見つけた。

 

田村耕太郎『頭に来てもアホとは戦うな!』だ。

田村氏はは元参議院議員で、現在は、国立シンガポール大学リークワンユー公共政策大学院で兼任教授。

といっても1963年生まれでまだ若い。

ちなみに学歴がすごくて、

早稲田大学商学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営管理専攻修士課程修了(MBA課程)。在学中にフランス高等経営大学院(HEC-ISA)に交換留学。山一證券に新入社員として入社すると、企業買収・合併担当に抜擢され、全社で営業成績第1位となった。イェール大学大学院修士課程を修了し経済学修士、デューク大学ロースクールを修了し法学修士を取得。その後、中欧国際商工学院顧問やシンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院フェローも務めている。

だそうだ。

 

こんなキラキラした経歴の人が「アホと戦うな」と言っている。面白そうである。

で、読んだ。読む前は、「アホがいかにアホか」が書かれているのかと思っていたが、内容はそうではなくて、「アホと戦うと損だよ」という懇切丁寧なアドバイスであった。

以下に重要だと感じた4つのポイントを紹介しようと思う。

 

1)アホと戦う人の特徴正義感の強い自信家

 

正義および正義感というのはとっても厄介である。

なぜなら本人は正しいと思ってやっているのでブレーキが利かないし、引き返す正当性も(本人のなかには)ない。

この本でも、アホと戦う可能性がある人物の特徴として、「正義感が強い・自信にあふれる・責任感が強い・プライドが高い・おせっかい」が挙げられている。

正義感が強かったり信念がしっかりしているというのは、いい意味で語られることが多いが客観的に見ればアホに苛つきやすいのかもしれない。「ちょっとの不正も許せない」みたいな。たしかに正義の味方って、結構どうでもいいアホと戦ってるよな。

加えて、正義感が根拠だと自分が間違っているわけがないと思うから、自信がどんどん肥大する。自信が肥大化すると謙虚さがなくなり、脇が甘くなる

自信家はどんどん脇が甘くなっていく。自信を持って成功してきた経験が次への準備を怠らせる。自信があるから未来の想定も甘くなりがちだ。相手を不快にさせるだけでなく、相手の出方を含めた未来の想定をなめてしまい、自分の能力をさらに過信していく。こうして悪循環になっていく。自信のあるときこそ、自信のある人こそ、謙虚にそして危機感を持って事に対応すべきなのは洋の東西、何事にでも言えることだ。

要は、自分が完全に正しいとは思わないことが必要なんだろう。

謙虚さを保つ方法として、私は科学的なアプローチを取り入れるのが効果的だと思っている。

科学的な方法論は、それが間違っているかもしれないという可能性を常に内包しているからだ。正義とか信念という精神的な根拠ではなく、現象やデータといった誰にも参照可能なものを根拠にしている。だから間違っていた場合も、後戻りしやすいし、修正も行いやすい。

主観的な正しさに依拠するのではなく、客観的な正しさを常に追求する謙虚な姿勢が、アホと戦わないためにも必要だ。

 

 

アホに何か言われたら、こう言おう。

 

 

 

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれませんね」

 

 

 

 

 

2)張り合うな。自分の目標に集中せよ

 

 

アホと戦う人は知らず知らずのうちにアホを倒したり、アホを説得することが目標になってしまいがちだ。宝を探しに行くことが目標の物語が、いつのまにか延々と敵を倒すための物語に変わってしまうことはよくある。本来の目的を忘れて敵を倒すことばかりに邁進してしまう。これは出世競争やコンペなど、現実でも多くの人が直面しがちな状況だと思う。

著者はこうなる原因は「妙なプライド」にあるという。

たった一度の奇跡のような人生を思い切り使い切るために、最も無駄であり〝百害あって一利なし〟なのが、この妙なプライドである。これを断ち切るには、常に等身大の自分を冷静に見つめ、そこから遊離せず、目標に集中することだ。

マー君こと田中将大投手がニューヨーク・ヤンキースに移籍し、初登板で初勝利を挙げたが、監督含めてプロが絶賛していたのは、その投球内容をはじめとする野球における能力よりも、ピンチになっても持ち上げられても、「決して自分を失わない人間としての成熟度」だった。自分の目標を達成するためには、妙なプライドは天敵である。妙なプライドを持って相手を見下して張り合ったりするのではなく、本当に戦うべきは、要らぬプライドを持った自分である。

Mr.Childrenの歌詞にも、「妙なプライドは捨ててしまえばいい そこから始まるさ」とある。逆に本当の目標が見えていれば、プライドなんかどうだっていいはずだ。

いかに目標地点への距離を縮めるかという個人作業に邁進すればいいだけの話。

よくSNSで延々マウンティングしてる人たちは、きっと本当の目標が見えていないから、延々張り合っていられるんだろう。

 

 

「あんなやつに負けて悔しくないのか!」と言われたら、こう言えばいい。

 

 

 

 

 

「べつに、私の目標じゃないので」

 

 

 

 

 

 

3)絶対必要なのがスルー力

 

 

私はTwitterをやっているが、だいたいフォロワーが3000人を越えてくるとアンチが出現したりクソリプが飛んでくる。(2000人台のときはそんなことなかったのだが)

クソリプを相手にするかどうかがスタンスの分かれ目で、この著者によれば、相手にしないほうが正解ということらしい。

相手にする必要がない人というと、最初に思い出されるのはネットで匿名の上にリスペクトもなしで、非常識なほど攻撃的に絡んでくる人たちが挙げられる。(略)理由は定かではな いが、基本的に時間とエネルギーを持て余しているのだろう。もったいない。あれだけの時間とエネルギーをもっと生産的に投入すればいいのにと、こちらが思わずおせっかいを焼いてしまいそうになる。

これを読むと、しつこく絡んでくる人はもしかするとなにかしらの正義感でやっているのかもしれないと思えてくる。あるいは、相手と張り合おうとしているのかもしれない。

つまり、上述の1)2)で述べた「アホと戦って消耗しがちな人」の特徴と一致する可能性がある。

結局アホと同じ土俵に上がってしまうこと自体、アホとの終わりなき泥試合の始まりを意味しているのかもしれない。アホと交わればアホになるのである。

かつて、あまりにも理不尽でしつこく無礼なことを言ってくるし、許せない表現があったりしたので、私はムキになってこういう人たちに絡み返していたことがあった。しかし、それは 大きな誤りであって、そこから多くを学んだ私は、今はそういう連中は徹底して相手をしてあげないことにしている。

著者によれば、こういうときはスルーするに限るという。たしかにムキになって絡み返しても体力と精神力を消耗するだけである。

そういえば、私が昔いた職場にクレーマー対応の達人がいた。ヒステリックなクライアントに対してひょうひょうと立ち回っているので、一体どうやっているのだと疑問に思い、飲み会のときに聞いてみた。

すると彼は「いずれ小説家になりたいのでクレームやヒステリーをストックしているのだ」と答えた。「なるほどネタにするのか」と驚いたものだが、著者の田村さんにしてみても、その経験が一冊の本になっているのだから、たしかに理不尽な経験はネタになるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

理不尽な絡み方をされたら、こう思おう。

 

 

 

 

 

「よっしゃ。ネタが増える」

 

 

 

 

 

 

 

4)淡々とやるのが結果を出すための最短距離

 

以上、アホと戦わない方法を述べてきたが、そもそも戦わないことだけを意識していても人生は前に進まない。

この本は「人生の大切な時間をしょーもないアホのために使うな」ということをいろんな観点から述べているが、裏を返せば、その結果、余った体力・時間・精神力を自分のやるべきことに集中しようというメッセージでもある。

つまらない戦いで貴重な人生を無駄使いしないでほしい。倍返しだの、リベンジだのといった言葉が流行るたびに、おせっかいだが、そんなもの相手にするなと思っていた。(略)あんなふうに些細なことに一喜一憂していたらストレスで病気になるだろう。また、一喜一憂するような人にはスタミナがないと思う。一喜一憂はくたびれるのだ。そして、こういう人は安定感がないので相手から信用されにくい。損なことばかりだ。長い人生をじっくり謳歌するためには淡々と生きることだ。

一喜一憂はくたびれる。でも、なぜみんな一喜一憂したがるのかと言えば、短期的に得られる快楽だからだ。巨人が勝った負けた。サムライジャパンが勝った負けた。で、あれだけ大騒ぎできる、それももしかしたら人間に与えられた才能なのかもしれないね。

でも、やるべきことがある人はそんな一喜一憂のお祭りからは抜け出して、さっさと自分の目的地へ歩きだせばいい。

 

 

不毛な一喜一憂大会に駆り出されそうになったら、こう言えばいい。

 

 

 

 

 

「すんません。仕事が終わらなくて…」

 

 

 

 

 

 

 

田村耕太郎『頭に来てもアホとは戦うな!』

おしまい

by PuANDA

 

おっさんの教科書

藤原和博氏の『35歳の教科書 今から始める戦略的人生計画』を読んで、

おっさんはこれからいかに生きるべきかを少し真剣に考えて見ました。

 

藤原和博氏のプロフィールは以下。

1955年生れ。1978年東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任。1993年からロンドン大学ビジネススクール客員研究員。1996年より年俸契約の客員社員「フェロー」制度を人事部とともに創出、自らその第1号に。20034月から杉並区立和田中学校校長に、都内では義務教育初の民間人校長として就任。

YouTubeでもこのあたりの動画は人気かつ有用ですね。

藤原和博氏が教える「100万分の1の人材」になるために今すべきこととは?

 

 

 

Twitterでも積極的に情報発信されています。

 

 

この本『35歳の教科書 今から始める戦略的人生計画』を読んで印象的だったのは以下の3点。

 

・積極的に主流を外れていくことが大事。

・極端は自滅する。

・環境こそ育てるべきもの。

 

一つずつ見て行きましょう。

 

①主流は残りカスだらけになってしまった−主流を外れることの重要性−

 

仕事に打ち込める可能性のある3000時間のうち3分の1の1000時間を本業に投資し、残りの2000時間を戦略的に別のことに投資する。(中略)「みんな一緒」から「それぞれ一人一人」の社会になっていく変化の時代には、孤立することを怖がってはいけない。「いい子であること」の呪縛から逃れるのだ。

この「いい子」というのは昔に言われた「いい大学・いい会社・いい人生」のレールに乗った成功ストーリーと親和性のある価値観ですよね。

マスコミに踊らされた無理矢理の自己啓発や、自己犠牲や、家族サービスではなく、喜んで「未来の自分のために投資する」のである。結果的にはその方が、自分自身だけでなく、家族を含むコミュニティという資産を豊かにする。

大マスコミや有名人が言うところの王道はもうジリ貧でしかなくなり、がっつりコミットしてもリターンが得られないようになってしまっています。これは私自身も実感していますが、旧態依然の業界や産業と関わるとしきたりや根回しが多すぎて、全く労に見合わないです。あえて確信犯的に突っ込むのはアリかもしれないけれど、今時は本業・副業・友人・家族・その他コミュニティという風にコミットを分散させておく方がリターンの期待値も高くなっているのが、個人的な感覚値でもあります。

参考:サヨナラ、昭和の幸せモデル

 

②極論がもてはやされる時代だからこそ、バランス感覚を維持する。-極論は自滅する−

バランス感覚が悪い人は、人付き合いが苦手です。友人とはベタベタなのに、そうでない人には全くと言っていいほど寄り付かない人がいます。人間関係に「0」か「1」しか求めないような人。同種の友人とだけ仲良くするより、適度に距離感のある100人と付き合ったほうがいい。その意味では、学校は絶好の訓練の場です。

仕事で商品開発やマーケティングをやっていると特に思うのは、自分の脳内に多様な人間のサンプルを持っていることが重要だということです。生まれも育ちも東京の世田谷区で地方のマイルドヤンキーと接したことがない人がミニバンのマーケティングをやるのはなかなかハードです。田舎出身で中学校の友人のFacebookをチラ見しながら、「もう子供が2人もいるのかぁ」と思いながら調査企画を眺めている方が現実的なアイデアが浮かんだりするわけです。

集中力は勉強だけでも身につきますが、バランス力は、遊びの中で身につくことが多い。私が「遊びも一生懸命に」と提唱しているのはそのためです。この集中力とバランス感覚さえ持っていれば、将来何に興味が向いたとしても自分のものにできる。10代で集中力とバランス力を獲得することによって、あらゆることを学ぶ基礎ができたことになります。

SNSインフルエンサーが猛威を振るう現代社会では、一見、極論を言えることが認知および人気獲得の手っ取り早い手段に思えますし、実際その通りの一面もあります。が、長期的に他者と関係を継続させたり、信用を得たりするためには、極論ばかりではボロが出ます。バランス感覚を持ちながら全方位的に配慮した上で自分のポジションをとっていくことが長い目で見れば適切であることは、ある程度経験を積めばわかると思います。

 

③環境づくりにこそ、細心の注意を払う。−環境はつくれる!−

持てる武器は個性的なほうがよいのですが、気をつけて欲しいのは、「個性は自分の中にしかない」と思い込まないことです。勝間和代さんが訳した話題の書『天才! 成功する人々の法則』の中で、著者のマルコム・グラッドウェルは「個性はコミュニティの中にある」と断言しています。なぜ1955年前後にコンピュータ界の天才が多く生まれたのか。マイクロソフトのビル・ゲイツが55年、ポール・アレンが53年、スティーブ・ジョブズが55年、エリックシュミットも55年。共通点はみんな偶然にも「圧倒的に練習量が多くなる環境」があったことです。確かに、自分自身の生まれ育った能力や努力の結果は必要です。しかし、それ以上に周りの環境や出会う人々からの影響を大きく受けながら、私たちは生活しているのです。そういう意味では、関係性をいかに作れるかということが個人のクリエイティビティの一つになってきます。

個人の能力だけでは才能は開花しない。これは私の経験や実感とも一致します。個人の才能とは植物の種子のようなもので、元気に発芽するためには土や日光、雨など「環境」の要素が補完的に必要になってくるのだと思います。ただし人間は植物とは違って自ら主体的に動くことができるので、才能を開花させる環境をゲットしにいったり、時間をかけて向上させていくことも不可能じゃないわけです。個人的には長く生きれば生きるほど、種子としての才能よりも、環境要素が効いてくると思っているので、しっかりと自分好みの環境を整備していくのがこれからの人生計画には必要なんじゃないかと思っています。

 

個人的にまとめると・・・

35歳の教科書 今から始める戦略的人生計画』を読む前から、これまで主流とされていた人生設計で生きていくと摩耗するだけなんじゃないかというのは考えていましたが、この書籍を読んだことで改めてその考えは的外れではないんだなという思いを強くしました。

質問や相談でよく「自身のキャリアについてどう考えていますか?」と聞かれることが多いのですが、実はそんなにしっかり考えていません(笑)。「面白そうで少数派のポジションにたどり着ければ大丈夫だろう」と直感的に考えて、ドメジャーな選択肢をあえて排除し続けている感じです。おかげで同じ大学の同窓生は周囲にはもういなくなりました。(この「同じ学歴・職歴の人が周りにいない所に行く」ってのは、分かりやすくて簡単な指標だと思いますね。)

 

ということで久しぶりの書評でした。

 

藤原和博さんはマーケティングとマネジメントの感性が非常に優れている方だと思っていて、ロジックで考えると見過ごしがちな成功のポイントをうまく言語化されているので、興味のある方はぜひ一読してみることを進めます。

 

おしまい

by PuANDA

お金より、信用より、大切なもの(後編)

●価値には3種類ある

 

こちらは前編で紹介したメタップス佐藤氏が、出演した番組です。

▲株式会社メタップス代表取締役CEO 佐藤航陽が語る『「お金2.0」が予言する7つの未来』

動画の中では”『お金2.0』が予言する未来”として7つのトピックが取り上げられています。

特に重要だなと感じたのは、佐藤氏が<価値の3分類>として
①有用性としての価値/②内面的な価値/③社会的な価値を解説する部分です。

①有用性としての価値を一言で説明すれば、「役に立つかどうか」に依存する価値(=資本主義)

②内面的な価値とは、愛情・共感・興奮・好意・信頼など、個人の内面にとってポジティブな効果を及ぼす価値。

③社会的な価値とは、個人ではなく社会全体の持続性を高めるような価値。

動画のなかで、②の典型としてYouTuberをあげます。③については、政治の領域を経済で解決しようとする社会起業家のような領域の仕事をあげています。

 

●3つの価値は共存しつつ、順序だっている

書籍の中では①②③を並列に扱っているような印象を受けましたが、動画では①をクリアして②へ、②をクリアして③へ行くといった、明確なフェーズとして認識されていることが理解できました。

つまりは、ある程度物質的な豊かな社会でないと、内面的価値に重きは置かれない。
また、精神的(内面的)充足をしてはじめて、社会性を持った取り組みをするに値する、というようなイメージです。

動画を見るとあたかも「10年後の未来はこうなる」という予言に捉えがちですが、①⇢②⇢③という流れは個人の自己実現のルートと全く相似形をなしており、現在においても③まで進んでいる方はたくさんいるということです。

ビル・ゲイツ氏やザッカーバーグ氏を筆頭に米国の大富豪は財団を設立したり、多額の寄付を通じて社会に貢献していますし、トランプ氏だったりブルームバーグ氏だったりは、ビジネスから政治の領域へ軸足をシフトさせています。

資本主義での成功者が、内面主義の充足を経て、社会的貢献に向かっていく流れが、今後もっと加速していくと捉えて間違いないでしょう。

そして、この議論を通じて落合陽一氏のツイートに戻ります。

『ポジションを取れ.批評家になるな.フェアに向き合え.手を動かせ.金を稼げ.画一的な基準を持つな.複雑なものや時間をかけないと成し得ないことに自分なりの価値を見出して愛でろ.あらゆることにトキメキながら,あらゆるものに絶望して期待せずに生きろ.明日と明後日で考える基準を変え続けろ』

ですが、これを①②③の価値に分類していきましょう。

①ポジションを取れ、批評家になるな、手を動かせ、金を稼げ

②複雑なものや時間をかけないと成し得ないことに自分なりの価値を見出して愛でろ、あらゆることにトキメキながら生きろ

③フェアに向き合え、画一的な基準を持つな、あらゆるものに絶望して期待せずに生きろ、明日と明後日で考える基準を変え続けろ

といったところでしょうか。(恣意的である部分もある点、ご了承ください)

つまり、

①まず自ら行動して分かりやすい価値を生み出すことだ重要で、その後、
②心をワクワクさせる活動に従事することを大切にし、それが満たされたら、
③社会をまっさらな目で見て働きかけよう、

というメッセージだと解釈することも可能だということです。「ポジションを取れ」とはその全てのはじまりにある言葉なのです。

ちなみに落合陽一氏のツイートは、新著の帯にも採用されています。

落合陽一『日本再興戦略』

 

●お金より、信用より、大切なのは、俯瞰できること

たとえば「お金を十分稼いだらあとは引退するだけだ」と言っている人は①だけの価値しか見ておらず、②③の価値を見過ごしています。ゆえに虚無感に苛まれたり、人生の目的を見失ったりします。

①がうまく周りはじめたら、ムダだと思っても②を開始する。そして②が軌道に乗ったら、手間かもしれないが③の価値に足を踏み入れる、そうすることで、新しい社会のルールに全張りすることが可能になります。

橘玲氏の『幸福の資本論』における3つの資本に順番を設けた(①金融資本⇢②人的資本(やりがい)⇢③社会資本)のが、佐藤氏の動画での解釈だったように思います。

 

「信用経済」という言い方もされますが、まず①を満たせない人は、人に与えることもできないので、最低限の経済力は絶対に必要でしょう。その上で社会貢献などで信用や社会資本を蓄積していく必要があるという話だと私は捉えています。

というわけで、何を言いたかったのかというと、『お金2.0』を読んで俄に「これからはお金が要らない時代なんだ!」と早とちりしてはダメで、むしろお金・精神(内面)・社会貢献のバランスが問われるようになっていきますよ、あるいは、順々にクリアして行く必要がありますよ、という話です。

近視眼的に生きていると行き詰まりがちなので、つねに息抜きしながら自らを俯瞰できることが大事なんじゃないかなと個人的には思うわけでした。

 

おしまい

by PuANDA

 

●関連記事

・『幸福の資本論』は何を追わなくていいかを教えてくれる

・お金より、信用より、大切なこと(前編)

・『評価経済社会』での生き方を島田紳助に学ぶ

お金より、信用より、大切なこと(前編)

年末年始、アウトドアをしながらぼんやりと考えていたんですけど、こういう結論になりました。

 

 

なぜそう思ったのかを、読書した内容も含めて以下に書いてみます。

 

●お金がなくても、心が動かせる時代に。

資本主義の世の中では資本を最大化すること(=お金を増やすこと)が最も重要でした。
ただスマホ一台で世界中の人々と瞬時にコミュニケーションが取れるようになった世の中では、お金以上に、「カッコイイ」「かわいい」「クール」「ワクワクする」「憧れる」「会ってみたい」「セクシー」「応援したい」といった純粋なモチベーションが、人やモノを動かす原動力になっている気がします。

この現象を、メタップス経営者の佐藤航陽氏は著書『お金2.0』で資本主義の先にある価値主義という概念で説明しています。

前述の例を見てもわかるように、資本主義上のお金というものが現実の価値を正しく認識・評価できなくなっています。今後は、可視化された「資本」ではなく、お金などの資本に変換される前の「価値」を中心とした世界に変わっていくことが予想できます。
私はこの流れを「資本主義」ではなく「価値主義」と呼んでいます。
(中略)
価値主義ではその名の通り価値を最大化しておくことが最も重要です。価値とは曖昧な言葉ですが、経済的には人間の欲望を満たす実世界での実用性(使用価値・利用価値)を指す場合や、倫理的・精神的な観点から真・善・美・愛など人間社会の存在にプラスにやるような概念を指す場合もあります。
(中略)
あらゆる「価値」を最大化しておけば、その価値をいつでもお金に変換することができますし、お金以外にものと交換することもできるようになります。お金は価値を資本主義経済の中で使える形に変換したものに過ぎず、価値を媒介する一つの選択肢に過ぎません。

『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』

なぜ「お金が一番の資本主義」の先に人類が行けるようになったのかというのは、情報環境の進化により、お金を介さなくても多くの人の心が動かせるようになったからだと思います。ネットやSNSがなければ、多額のお金や時間を使ってスタッフを動かし、撮影・編集をし、メディアに掲出しなければ不可能だったアウトプットを、個人がものの数分でできるようになった。

キングコングの西野亮廣さんが「マネタイズを後にしろ」というのも、”マネタイズは物理的に時間がかかるから先に心を動かそう”という文脈でも処理できると思います。貨幣を介さずとも伝えられる「自分の価値」をしっかりと作っておくことこそ、情報ベースのポスト資本主義の世界では何よりも重要なのです。

 

●ポジションを取れば、価値になる。

では、どういう行動を取れば価値を生み出せるようになるのか。もちろん一朝一夕に価値を飛躍的に増大させる方法はありませんが、ゆっくりとですが価値を生み出せる方法論は存在すると思います。

以下は、メディアアーティスト・落合陽一氏のツイートとテレビ番組での発言です。


“よく学生に言っているのは「ポジションをとれ』と。株とかでポジションをとる。何かに作用しろ。つまり買えとか。
やりたいことをサポートしてくれることが人工知能のいちばん面白いところ。
モチベーション高めにやりたいことをやるべきだ。
最近イルカが大好きでイルカの研究したいなと思ったときディープラーニングを使ってイルカをどうやって解析できるのか、
やるために水族館に行くんですよ
そういうことをやるときにツールは大体そろっている
マイクもあればスピーカーもあれば機械学習機能もあれば
そういうものを使って何かをしたいと思ったときに、
「僕がなぜ今イルカが好きなのか」が最も大切であって
それに対してフットワーク軽くやる側の人間になることが重要で
それをボーっと見ていると特にやらないまま明日になっちゃうので
なるべきニュースを追っかけるとか詳しい人にきいてみるとか
どうなるんだろうと予測を立てて株を買ってみるだけでもいい。
何かのポジションをとることがすごく重要なこと。
何もしないというのがいちばんよくない”

    -落合陽一 AI(人工知能)との賢い付き合い方とは? BS日テレ – 「深層NEWS」

ここで落合氏はしきりに「ポジションを取れ」と言っています。
ここで「ポジションを取る」とは、自分の判断・モチベーションでリスクと時間とある程度の金銭を使って、行動してみるという意味でしょう。そして単純化すると、「ポジションをとれば価値になる」ということです。

ではなぜ「ポジションをとると価値になる」のでしょうか。

それは先ほど述べたポスト資本主義社会の特徴がヒントになります。
貨幣以上に影響力のある「価値」は、国や法律が制御できないスピードで拡散し、暴風のようにブームを起こし、一部の人々を洗脳し、そしてある時、ふっと消えてしまうような特徴を備えているからです。

ここでポジションを取らない人は、ただの情報に翻弄され続ける人になります。

では、ポジションを取った後、我々はどうすればいいのでしょうか。そのポジションをどのように利用すればいいのでしょうか。ポジションを取ることで生まれる価値の形態について考察してみたいと思います。

 

後半へつづく

by PuANDA

恋愛工学小説『ぼくは愛を証明しようと思う』の落とし穴

漫画化、ドラマ化が進んでいる藤沢数希氏の恋愛小説『ぼくは愛を証明しようと思う』は現代日本の恋愛マーケットに風穴をあけたコンテンツだ。

彼のメールマガジン週刊金融日記では2012年頃からスタートし、メインコンテンツのひとつとして「恋愛工学」が展開されてきた。私も創刊当時からの読者なので分かるのであるが、初期はまさにロッカールームでのトークといった具合のとても生々しく、かつ個別具体的な事柄を扱っていた。

たとえばこんな感じだ。

***

週刊金融日記第14号「33歳独身男性、年収1000万超、ルックスも悪くない匿名希望さんの相談」より

今回は極めて深刻な相談をさせて頂きます。

当方、33歳独身 年収(本業)1000万超 ルックスも悪くありません。

(中略)

私のように平均以上に金銭的な自由があってもいい出会いにたどり着けない男
子がどのようのアプローチを踏んでいけばいいのか(本命との出会い・セフレとの出会い
は問いません)、何卒アドバイスを頂戴できますようお願い申し上げます。

 

─藤沢数希の回答

まず、結果として現在、パートナーもセフレもいない、という現状を深刻に受け止めた方がいいと思います。
あなたは、同年代の男性に比べて、そこそこのスペックがあり、そのことを鼻にかけていませんでしょうか。
おそらく、周りの女性達も、あなたのそんな態度に気が付き、離れていったのかもしれません。
大事なことは「感謝の気持ち」です。
ここはひとつ原点に立ち返ろうではありませんか。
女子が、わがままをいっても、嘘をついても、時には浮気をしても、我々男子は、おっぱいを触らせてもらえるだけでも大変ありがたいことだと思わないといけないのです。
どれだけ社会的地位が違えども、どれだけ自分の方がものをよく知っていようとも、また、どれだけ自分のほうが正しくても、若くて綺麗な娘のあそこをペロペロさせてもらおうと思えば、我々は無条件に膝を地面に着いて、お願いしなければいけない立場なんですよ。
そういった謙虚な姿勢を取り戻せば、道は自ずと開けてくると思います。

また、私は主義主張として合コンに行かないわけではありません。
単に、昔から合コンに呼んでくれる友だちがいなかっただけです。
それにハイグレードな出会いのプロセスなんてものはありませんよ。

***

 

ある程度恋愛経験を積めばあたりまえになるマインドセットや知識も、自己流のペーストやり方でやっていると遅々として身につかない。それをメルマガというコミュニティのなかで高速PDCAを回しだしたのが、恋愛工学の画期的な点であった。
上記の質問などは、有名企業につとめるいわゆるハイスペ男性にありがちな状況で、本来は仕事をバリバリやるべき時期なのに自分の男性としての魅力が劣化していくのではないかと思いこんで、おかしな方向にいってしまう数多くのハイスペ戦士たちを救っているはずだ。

 

このように週刊金融日記は多くの非モテ男性を救ったが、メルマガという胡散臭さと、「恋愛工学」というテクニカルタームっぽさがマジョリティへの浸透を妨げた。
ただ、それはある意味でコミュニティが確固たるアイデンティティを築くために有効に機能したと思われる。

以下はメールマガジンなどで使われる独特の用語の一部である。

 

***

【非モテコミット】
好きな異性のことばかり考え(コミット)、下手に出たり、気持ち悪いLINEなどを送って嫌われてしまう状態。

【フレンドシップ戦略】
異性に嫌われるのを恐れるあまり、友達から関係を始めてあわよくばセックスしようという戦略。ほとんどうまく行かない。(類語)「友達フォルダ行き」

【スタティスティカル・アービトラージ戦略】
統計的手法による恋愛戦略。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。世の中の一般的な男性は勇気がなくて数を打たないため、相対的にこの戦略が機能する。

【モテスパイラル現象】
セックスする相手が何人かできるともっと女の子が寄ってくるようになる現象。忙しい人に仕事が集まる現象と似ていて、周囲からの評価を「雰囲気で」(←大事)匂わせることで、価値のある男性だと認識させることが人工的にも可能になる。

【セックストリガー理論】
女の子はセックスしちゃった男性を好きになってしまう現象。妊娠・出産から逆算された女子の生存戦略であるという説明が合理的である。一方、ヤリマンであるほど、セックストリガー効果は発動しにくい。

【タイムコンストレイントメソッド】
時間制限法。「30分だけしか時間がないんだけど、お茶でもしませんか?」などと誘うほうが警戒されないし、かつ自分が忙しく価値のある人間だということも伝えられるので、結果的に女性からの印象を高められるというメソッド。

***

絶妙に、口の端に登りにくいワーディングセンスで、金融日記読者とそれ以外の壁を作ってくれている。特に、天敵である女性にとってはちんぷんかんぷんな用語に見えるため、未だに正しく理解されていないのが実情である。

 

●小説『ぼくは愛を証明しようと思う』のただひとつの欠点

そんな環境の中で満を持して出版されたのが小説『ぼくは愛を証明しようと思う』である。
当時私は「『恋愛工学完全マニュアル』にしたほうが売れるのになあ」と考えていたのだが、藤沢氏の目算はもっと広かった。今になるとわかるが、小説になるとそれを原作に、漫画・ドラマ・映画化される。そして漫画は言語圏・文化圏を超えて広がっていく。藤沢氏はメルマガコミュニティで温めてきたノウハウとメソッドを小説化した時点で、ビジネスパーソンとして「上がった」わけだ。

さて、そんな小説『ぼくは愛を証明しようと思う』はメルマガ金融日記以上に読みやすく、馬鹿でも恋愛工学を理解できる素敵な恋愛工学マニュアルとなっている。

主人公は、20代後半のそこそこスペックは高い(弁理士)がいまいちモテない渡辺くん。そして彼に恋愛工学を指南する謎の男性・永沢さん。登場人物の名前は、村上春樹『ノルウェイの森』へのオマージュになっている。

ストーリーとしては彼の恋愛面での成長(乞食女に振られるレベルから、モデルの彼氏になるレベルまで)が描かれる。
普通に読んでいても楽しいし、しかも恋愛工学の概念とテクニックも学べちゃうわけなので、本当におトクな小説なのだが、この小説にはひとつ大きな欠点が存在する。

〜〜

「俺は、渡辺に単なる街コンプレイヤーで終わってほしくないんだよ。俺はもっと上を見ている。これまでの3時間はほんのウォーミングアップだ。トライアスロンの本番はこれからだよ」

「これから?」

「これまでは、ビーチの脇にあるホテルのプールで泳いでいただけなんだ。本当の大海原に漕ぎ出して行くぞ。お前はきっと、あのまま街コンの二次会に行かなくてよかった、と思うはずだ」


「これから何をはじめるんですか?」


「ストナンをしながら、銀座のナンパバーに行く」


「ストナンって、ストリートナンパですよね? 道で声をかけるんですか!?」


「そうだ」


永沢さんがあっさりとこたえた。

僕たちは、八重洲のインド料理やから銀座のそのナンパバーまで歩いて行くことになった。道でナンパしながら、だ。
そんなことが、この僕にできるのだろうか?
はやくも緊張してきた。

〜〜

これは小説の序盤で渡辺くんと永沢さんが街コンに参戦し、いくつか連絡先を交換した直後のシーンだ。
ここで、永沢さんは渡辺くんにストナンを強制的にやらせる。
そして実際、永沢さんのアシストもあり、渡辺くんはいくつか連絡先をゲットしてしまう。

私は「恋愛サロン」および「恋愛コンサルティング」で、多くの男性に対してナンパやデートの指導をしていますが、そのなかで最も多くのつまづきがこの小説のこのシーンから生み出されていると考えている。

どういうことか。

『ぼくは愛を証明しよう』を読み恋愛工学を知った人間で、意欲のある人間は、まず自分でもやってみようと思う。
街コンやパーティに行ってみて、いくつか連絡先を交換できる。
「よしクリアだ!」
「そしてその次はストリートに出てみよう」
小説を素直に読むとこういうステップになるわけだが、これが大きな落とし穴で、
まともに女性とデートできない男性がストリートでナンパすることというのは、
家に包丁もまな板も食器もない人間がスーパーで手料理のための食材を探しているくらい滑稽で不毛なものなのである。

小説の設定でわたなべくんは女性となんなく会話できるレベルのコミュ力を有しているが、
モテない一般男性のほとんどは「デートでの会話・振る舞い」につまづきがあるわけだ。

まずはたくさんのデート経験をつんでそこを改善しなくては、ナンパをしてたまたまオープンできても、結局女性を楽しませることができずに不幸な時間を過ごすことになるだけだ。

「恋愛コンサルティング」では面談によって、本人の課題・目標・方法論を定めた上で、数カ月の恋愛指南を行っているわけだが、本当に多くの男性が、「女性とのデートでの楽しませ方」を軽視している。なぜだか知らないが、ナンパして、恋愛工学のテクニックをつかっていれば、自動的にセックスできるみたいに考えていたりする。

実際はそんな簡単ではない。まず会った時にそこそこの好印象を残し、女性の興味やニーズをそれとなく探ってデートを提案。デートでも女性との共通点を探り、和ませ、内面を聞き出し、自分の自己開示をする。そして最後に「一緒にいたい」と意思を表示してやっと成約。それくらいの作業工程があるのだ。

伝えたいのは恋愛工学は魔法のテクニックというよりは、当たり前の作業工程の個々人のボトルネックであるポイントをテクノロジーによって解決するための方法論である、ということ。

私個人はやはり「非モテコミット理論」と「セックストリガー理論」によって女性に対する認識を大きく変えることができました。
「やさしくするだけじゃダメなんだ」ってことと、「ヤらなきゃ好きになってもらえなんだ」ってことですね。

『ぼく愛』を読んでみた方は、ぜひ週刊金融日記のメルマガの初期の号を手厚めに読んでみてください。
いろんな戦士たちの試行錯誤にきっと感動するはずです。

 

 

おしまい

by PuANDA( @shoichirosm )

『知的戦闘力を高める独学の技法』で頭ひとつ抜け出す方法

「だから読むのさ。他人と同じものを読んでいれば他人と同じ考え方しかできなくなる。そんなものは田舎者、俗物の世界だ。まともな人間はそんな恥ずかしいことはしない。なあ、知ってるか、ワタナベ?この寮で少しでもまともなのは俺とお前だけだぞ。あとはみんな紙屑みたいなもんだ」
(村上春樹/『ノルウェイの森』)

 

はじめて『ノルウェイの森』を読んだ時、いちばん感心したセリフです。
以来、キャリアを考え直すときや大きな方向性を思い描くときに、なんとなくですが、この原則を持ち出していました。
これは自分にとって独学の指針になる言葉だったのです。

最近、個人的にファンである山口周さんの新著がでました。

 

知的戦闘力を高める 独学の技法』です。

その名の通り、独学に関して体系的なメソッドが書かれている本です。ある1ページをツイートで紹介したところ、ものすごい数のリツイートといいねがつきました(笑)

 

 

この本の冒頭では、「いま独学が必要な4つの理由」として以下が解説含めて述べられています。

1)「知識の不良債権化」‐学校で学んだ知識は急速に時代遅れになる

2)「産業蒸発の時代」‐イノベーションがいまの仕組みを根底から覆す

3)「人生三毛作」‐労働期間は長くなるのに企業の「旬の寿命は短くなる」

4)「クロスオーバー人材」‐2つの領域を横断・結合できる知識が必要となる

 

これは、私の経験と直観にも一致しており、過去のエントリ『サヨナラ、昭和の幸せモデル』や『みんなと一緒は買い叩かれる時代になったらしい』にも伏流している問題意識と強くリンクしています。要は、「コモディティ化しないために」&「長期的に第一線でいるために」自身で学ぶ対象をデザインしてラーニングしていかなければならないということです。

 

・みんなが英語を勉強しているから、英語を勉強することが果たして有効なのか?

・これからは人工知能の時代だから、人工知能の勉強はしたほうがいいのか?

 

こういう問いに対して直ちに自身の答えを持っていない人は、この書を読むことで新しい視点が得られると思います。

以下に、『知的戦闘力を高める独学の技法』で個人的に参考になった部分を紹介したいと思います。

 

①学ぶジャンル選びは「自分の持っているもの」を起点にする。


その人にとっての本当の強み、他の人にはなかなか真似のできない強みというのは、それが本当の強みであればあるほど、本人にとっては「できて当たり前、知ってて当たり前」であることが多いのです。だから、それを「あなたの強みってここですよね」と言われると「はあ、それは私にとって当たり前なんですけど…」と思ってしまう。一方で、周囲の人たちにはできるのに自分にはできないことに意識を向けてしまい、いわば「ない物ねだり」をしてしまう。(『知的戦闘力を高める独学の技法』)

私もコンサルティングをやっていて痛感するのは、人は自分の強みを強みだと思っていないということです。
100年以上の伝統を持つ企業が古臭さをコンプレックスに思っていたり、確固たる開発技術に基づいたプロダクトを持っている企業がこのままじゃダメだと新商品開発に躍起になっていたりする。

ここでコンサルタントがやることは、彼らがやりたがっていることを応援するのではなく、
「いやいや御社は十分ファンダメンタルバリューがあるので、それを伝える努力をしましょう。届ける仕組みをもちましょう」ということだったりします。

人にしても同じです。身長が低かったり、線が細いことをコンプレックスに感じている男性は多いですが、裏を返せば「警戒されにくい」ということなので、親しみを持って女性と接する武器にすればいいのです。プラスして内面や言動で男らしさのギャップを出してあげれば、簡単にモテるようになります。

 

まず、自分が学ぶべきジャンルについては、2つのジャンルのクロスオーバーを考えてみる。1つのジャンルで飛び抜けるのは難しいことですが、クロスオーバーを作るとユニークなポジションを作りやすい。
そして2つめのポイントが、掛け合わせるジャンルについては「自分の持っている本性や興味」を主軸に選ぶべきで、他人が「持っているもの」で自分が欲しいものを主軸にしてはいけない、ということです。(『知的戦闘力を高める独学の技法』)

 

ここにも書かれている通り、まず自分のあるものを認識してそれをどう使っていくかを考えるほうが、圧倒的にラクだし、効果が出やすいです。

 

②つねに「問い」や「テーマ」を持つこと


「どうやってインプット量を維持し続けるか」という点と「どうやって定着化を図るか」の2点が問題として浮上してきますが、この2点を解消するためには、常に「問い」を持ってインプットに臨むというのがカギになります。…万能の天才と言われたレオナルド・ダ・ヴィンチは、膨大な量のメモを残したことで知られています。多くのスケッチや考察が書かれているのですが、そのノートの中の一節に、こういう文章があります。

”食欲がないのに食べると健康を害すのと同じように、欲求を伴わない勉強はむしろ記憶を損なう。”

(『知的戦闘力を高める独学の技法』)

 

私が社会人になったときに延々つまらない課題研修を受けさせられたときに、自分なりにテーマを設定して課題に向き合っていました。毎週、企業のケーススタディをやるんですが、単に分析していてもつまらないので、著名な経営学者やマーケティング学者(マイケル・ポーターやコトラー)の最新の論文から引用することをテーマに課題をこなしていました。すると、単に課題に向き合う以上に、問題意識がシャープになりますし、課題をこなすごとに自分が使える知識が増えていくことになります。

 

特に今の時代であれば「ブログを書く、noteでコンテンツをつくる」という目的から問いやテーマを設定することが誰にでもできます。企業のマーケティング部門にいて、アイドルが趣味の人なら、「アイドルをマーケティング理論で捉える」というテーマを掲げたら仕事にも精が出るかもしれません。お医者さんでナンパをしている人なら、「男の美容」をテーマに掲げるといろんなビジネスアイデアが生まれてくるかもしれません。

「問い」や「テーマ」というのは机上で何時間も考えてひねり出すというよりも、「そういえばこれってどうなんだっけ?」「興味あるけどググっても出てこないな」みたいな日常のふとした疑問から生まれてくるものです。

日常の疑問や直感に素直になるところからはじめましょう。

 

③知識はストックではなくてフローだと考える

 

せっかく学んだ内容を「アンラーン=消去」してしまうというのは、とてももったいないように思われるかもしれませんが、本書の目的である「知的戦闘力の向上」を目指すのであれば、アンラーンは絶対に欠かすことができません。
なぜ、貴重な時間という資源を投資してせっかく学んだことをまっさらにしなければならないのか? 理由は簡単で、環境の変化がとても速くなっているからです。10年前には有効だったコンセプトやフレームワークがどんどん時代遅れになり、新しいコンセプトやフレームワークにとって代わるということが起こっているのが現代です。(『知的戦闘力を高める独学の技法』)

 

2つの意味で私は知識はストックではなくて、フローだと思っています。
1つは、知識は使うためのものであり、溜めこんでも無価値だといいう意味。
2つめは、知識はつねに最新版にアップデートしなければ使い物にならないという意味。
仕事などで新しい領域に取り組む時はなるべくたくさんの文献や資料を読み込みます。そのとき心がけているのは、時系列を意識して読むということです。これは、最新の論文やデータなのか、古典と呼ばれる理論なのかを、常に意識して読むことで、それらの知識の耐用年数がなんとなくイメージできます。100年以上も前に書かれており、最新の論文でも引用されているような理論はかなり耐用年数が長いものと判断できますが、1−2年前に発表されて、その後検証されていないような理論は実はかなり怪しかったりします。そういう意味でも常に最新のものにアップデートしながら、これまでに仕入れた知識の役に立たないものを捨てていくという作業は実は重要なのです。

 

●まとめ

この『知的戦闘力を高める独学の技法』は社会人になって「一通り基礎的な仕事を身に着けたな」と思った人にはぴったりの書籍だと思っています。『知的戦闘力を高める』と書かれていますが、簡単に言えば「アウトプットでオリジナルな価値を出すための独学の技法」だと思っています。そういう意味でも含め、評価経済社会に移行していくなかで、自分の学びをデザインする方法論は極めて重要になっていくと考えています。

 

 

by PuANDA( @shoichirosm )

●関連エントリ

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「みんなと一緒」は買い叩かれる時代になったらしい