セクハラをしないために 〜モテ・カネ・地位の三権分立〜

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電通出身の有名クリエイターが、おなじ電通出身の有名ブロガーにパワハラ・セクハラで告発された。


「体も使えないのか?」
はあちゅうさんは2009年に慶應大学を卒業。同年、電通に入社した。中部支社に配属されたはあちゅうさんは、東京本社への異動を希望していた。

岸氏は当時、すでに本を出版し、業界で著名なクリエイター。新入社員だったはあちゅうさんにとっては、憧れる存在だった。「気にいってもらえたら、早く希望の場所にいけるかもしれないという思いがありました」

岸氏に異動に関する相談にも乗ってもらっていたはあちゅうさんが、これはハラスメントだと感じるようになったのは、中部支社から東京本社に配属が決まった2010年3月頃からだという。

「本社に異動した頃、岸さんから『今すぐ飲みの場所に来い。手ぶらで来るな。可愛い女も一緒に連れてこい。お前みたいな利用価値のない人間には人の紹介くらいしかやれることはない』などと言われるようになりました」

「深夜に『俺の家にこれから来い』とも言われました。当時、私は田町に住んでおり、彼の自宅は浜松町だったので、歩ける距離にありました。突然電話がかかってきて、どこで何をしていようと、寝ていても『今から来られないのか』と言われました。

 

BuzzFeed はあちゅうが著名クリエイターのセクハラとパワハラを証言

 

私は2人とは面識がないし(はあちゅう氏とは一度だけ対談したことがあるが…)、事実関係もわからない。詳細内容は記事に譲り、ここからは一般論である。

重要なポイントは岸氏は社内でも相当なスタークリエイターであり、権力者であったことだ。
これはどんな組織でもあることだが、人事権や仕事の配分を握る人間にはなかなか逆らえない、そしてその周囲には必然的にゴマをする奴らだらけになる状況が生じる。この状況がエスカレートすると「俺に逆らうと、この業界・会社では食っていけないと思え」という暗黙のメッセージがそこで発される。

この状況は、権力を持った人間がそれ以外の人間に対して、「収入源である仕事」や「人間関係」に対してなんらかの強制力を発している状態と言える。
会社の上司が勤務時間以外も部下の時間を拘束したり、会社の忘年会で王様ゲームを強制され、カップルでもない男女がキスをさせられたり、いわゆるコミュニティを大切にする組織(=昭和日本的な組織)では、必要悪として実行されてきた慣習だ。

昭和日本的な組織・共同体においては、権力(地位)が、個人の収入や魅力に大きな影響を及ぼしたのである。

 

これを俗語によって定義するのであれば、

収入・モテ=f(スペック)

:収入もモテもスペックによって決まる

ということである。

が、今世紀、この構造はあちこちで不具合を生じさせている。セクシャル・ハラスメントという概念の隆盛を追えば明らかである。

 

●ハリウッドのセクハラ騒動を機に、SNSという“武器”を手にした女性たちが声を上げ始めた
https://wired.jp/2017/11/08/hollywoods-silicon-valley-moment/

●セクハラ疑惑の米民主党議員引退へ 連邦議会で引退・辞職相次ぐ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20171217/k10011261611000.html

●ノルウェー労働組合員736人、組織内のセクハラ文化を抗議 「恥と罪の意識を返却します」
https://news.yahoo.co.jp/byline/abumiasaki/20171216-00079370/

 

セクハラとは「性的嫌がらせ」なわけであるが、分類すると「対価型」と「環境型」に二分される。

対価型セクハラとは、職務上の地位を利用して性的な要求をするもの。
環境型セクハラとは、性的嫌がらせを受けた人が不快を感じ、職場環境が悪化するもの。

ハイスペ男性が陥るのはたいてい前者である。

このセクシャル・ハラスメントが問題化するというトレンドは不可逆である。
いくらイケメンで仕事ができる人間でも、職場の地位を利用して女性を口説けば、セクシャル・ハラスメントとして認定させるリスクは確実に存在する。多様性を認める21世紀とはそういう時代なのである。

だから我々男性がとるべきスタンスは、「地位を使ってモテようとしない」ということである。
さらに言えば、「カネを使ってモテようとしない」ことである。(=つまり丸腰でナンパするしかない)

21世紀以降、モテ・カネ・地位は三権分立であらねばならないのだ。

モンテスキューは『法の精神』において、国家権力を立法権、執行権、司法権の3つに区別した。この考え方は現代に至るまで受け継がれており、三権分立では一般に国家権力を立法権・行政権・司法権の三権に分類し、それぞれ、立法権を立法府、行政権を行政、司法権を裁判所に担わせる。これによって健全な国家運営が可能となる。

人間も同じで、「モテ」と「カネ」と「地位」を分けて考えることで、ダークサイドに落ちるリスクを最大限回避できるのだ。

それぞれをそれぞれの課題として追求していく。決して、モテをカネで解決しないこと。カネを地位で解決しないこと。地位(=承認欲求)をモテで解決しないこと。

 

「いや、モテないことが原動力になるから、お金や権力を手に入れていけるんです!」

という反論もあるかもしれない。

その主張の意図は痛いほどよくわかる。私がこのブログのタイトルを、「心は一生非モテのままで」にしているのも「非モテマインド」重要さを忘れないようにするためだ。

だからこそあえてメッセージしたいのは、

モテないことを解消したい一心で、仕事を頑張り、お金や権力を手に入れようとするのはいい。でも、実際、お金や権力が手に入ったら、それを使って女をどうこうしようとしてはいけない、

ということ。

目の前にぶら下げる人参として自らを奮い立たせるために、「お金や地位が上がったら」というフレーズを掲げてもいいけど、もしお金や地位を手に入れたら、それを使って女をどうこうしようなどという思いは潔く捨ててしまおう。

 

 

21世紀、ナンパは男の必修科目になるのかもしれない。

 

 

・関連note

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