アホと戦わない方法

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ZOZOの前澤氏がこんなツイートをしていた。

 

 

そしてその後にこんなツイートもしている。

 

自分は前澤氏の器の1万分の1にも満たない人間なので、こういう現象を見た時、レベルが高すぎる人がレベルの低い人に絡まれることは社会全体の不利益なんじゃないかなと思ってしまう。

もちろん、SNSは誰もが気軽にコミュニケーションを楽しめる社会を実現したし、普通にしていたら出会わなかった人たちをつなげて、新しい価値を生み出すという役目も果たしている。ジャスティン・ビーバーとピコ太郎の関係なんてまさにそうだ。

ただ一方で、現実が違いすぎる人たちがコミュニケーションをすることで、お互いを理解できず、論争や罵倒の仕合いに発展することも多くある。Hagex氏の刺殺事件は記憶に新しい。

この負の側面に対して何かしら知見はないものだろうかと探っていたら、非常に興味深い本を見つけた。

 

田村耕太郎『頭に来てもアホとは戦うな!』だ。

田村氏はは元参議院議員で、現在は、国立シンガポール大学リークワンユー公共政策大学院で兼任教授。

といっても1963年生まれでまだ若い。

ちなみに学歴がすごくて、

早稲田大学商学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営管理専攻修士課程修了(MBA課程)。在学中にフランス高等経営大学院(HEC-ISA)に交換留学。山一證券に新入社員として入社すると、企業買収・合併担当に抜擢され、全社で営業成績第1位となった。イェール大学大学院修士課程を修了し経済学修士、デューク大学ロースクールを修了し法学修士を取得。その後、中欧国際商工学院顧問やシンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院フェローも務めている。

だそうだ。

 

こんなキラキラした経歴の人が「アホと戦うな」と言っている。面白そうである。

で、読んだ。読む前は、「アホがいかにアホか」が書かれているのかと思っていたが、内容はそうではなくて、「アホと戦うと損だよ」という懇切丁寧なアドバイスであった。

以下に重要だと感じた4つのポイントを紹介しようと思う。

 

1)アホと戦う人の特徴正義感の強い自信家

 

正義および正義感というのはとっても厄介である。

なぜなら本人は正しいと思ってやっているのでブレーキが利かないし、引き返す正当性も(本人のなかには)ない。

この本でも、アホと戦う可能性がある人物の特徴として、「正義感が強い・自信にあふれる・責任感が強い・プライドが高い・おせっかい」が挙げられている。

正義感が強かったり信念がしっかりしているというのは、いい意味で語られることが多いが客観的に見ればアホに苛つきやすいのかもしれない。「ちょっとの不正も許せない」みたいな。たしかに正義の味方って、結構どうでもいいアホと戦ってるよな。

加えて、正義感が根拠だと自分が間違っているわけがないと思うから、自信がどんどん肥大する。自信が肥大化すると謙虚さがなくなり、脇が甘くなる

自信家はどんどん脇が甘くなっていく。自信を持って成功してきた経験が次への準備を怠らせる。自信があるから未来の想定も甘くなりがちだ。相手を不快にさせるだけでなく、相手の出方を含めた未来の想定をなめてしまい、自分の能力をさらに過信していく。こうして悪循環になっていく。自信のあるときこそ、自信のある人こそ、謙虚にそして危機感を持って事に対応すべきなのは洋の東西、何事にでも言えることだ。

要は、自分が完全に正しいとは思わないことが必要なんだろう。

謙虚さを保つ方法として、私は科学的なアプローチを取り入れるのが効果的だと思っている。

科学的な方法論は、それが間違っているかもしれないという可能性を常に内包しているからだ。正義とか信念という精神的な根拠ではなく、現象やデータといった誰にも参照可能なものを根拠にしている。だから間違っていた場合も、後戻りしやすいし、修正も行いやすい。

主観的な正しさに依拠するのではなく、客観的な正しさを常に追求する謙虚な姿勢が、アホと戦わないためにも必要だ。

 

 

アホに何か言われたら、こう言おう。

 

 

 

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれませんね」

 

 

 

 

 

2)張り合うな。自分の目標に集中せよ

 

 

アホと戦う人は知らず知らずのうちにアホを倒したり、アホを説得することが目標になってしまいがちだ。宝を探しに行くことが目標の物語が、いつのまにか延々と敵を倒すための物語に変わってしまうことはよくある。本来の目的を忘れて敵を倒すことばかりに邁進してしまう。これは出世競争やコンペなど、現実でも多くの人が直面しがちな状況だと思う。

著者はこうなる原因は「妙なプライド」にあるという。

たった一度の奇跡のような人生を思い切り使い切るために、最も無駄であり〝百害あって一利なし〟なのが、この妙なプライドである。これを断ち切るには、常に等身大の自分を冷静に見つめ、そこから遊離せず、目標に集中することだ。

マー君こと田中将大投手がニューヨーク・ヤンキースに移籍し、初登板で初勝利を挙げたが、監督含めてプロが絶賛していたのは、その投球内容をはじめとする野球における能力よりも、ピンチになっても持ち上げられても、「決して自分を失わない人間としての成熟度」だった。自分の目標を達成するためには、妙なプライドは天敵である。妙なプライドを持って相手を見下して張り合ったりするのではなく、本当に戦うべきは、要らぬプライドを持った自分である。

Mr.Childrenの歌詞にも、「妙なプライドは捨ててしまえばいい そこから始まるさ」とある。逆に本当の目標が見えていれば、プライドなんかどうだっていいはずだ。

いかに目標地点への距離を縮めるかという個人作業に邁進すればいいだけの話。

よくSNSで延々マウンティングしてる人たちは、きっと本当の目標が見えていないから、延々張り合っていられるんだろう。

 

 

「あんなやつに負けて悔しくないのか!」と言われたら、こう言えばいい。

 

 

 

 

 

「べつに、私の目標じゃないので」

 

 

 

 

 

 

3)絶対必要なのがスルー力

 

 

私はTwitterをやっているが、だいたいフォロワーが3000人を越えてくるとアンチが出現したりクソリプが飛んでくる。(2000人台のときはそんなことなかったのだが)

クソリプを相手にするかどうかがスタンスの分かれ目で、この著者によれば、相手にしないほうが正解ということらしい。

相手にする必要がない人というと、最初に思い出されるのはネットで匿名の上にリスペクトもなしで、非常識なほど攻撃的に絡んでくる人たちが挙げられる。(略)理由は定かではな いが、基本的に時間とエネルギーを持て余しているのだろう。もったいない。あれだけの時間とエネルギーをもっと生産的に投入すればいいのにと、こちらが思わずおせっかいを焼いてしまいそうになる。

これを読むと、しつこく絡んでくる人はもしかするとなにかしらの正義感でやっているのかもしれないと思えてくる。あるいは、相手と張り合おうとしているのかもしれない。

つまり、上述の1)2)で述べた「アホと戦って消耗しがちな人」の特徴と一致する可能性がある。

結局アホと同じ土俵に上がってしまうこと自体、アホとの終わりなき泥試合の始まりを意味しているのかもしれない。アホと交わればアホになるのである。

かつて、あまりにも理不尽でしつこく無礼なことを言ってくるし、許せない表現があったりしたので、私はムキになってこういう人たちに絡み返していたことがあった。しかし、それは 大きな誤りであって、そこから多くを学んだ私は、今はそういう連中は徹底して相手をしてあげないことにしている。

著者によれば、こういうときはスルーするに限るという。たしかにムキになって絡み返しても体力と精神力を消耗するだけである。

そういえば、私が昔いた職場にクレーマー対応の達人がいた。ヒステリックなクライアントに対してひょうひょうと立ち回っているので、一体どうやっているのだと疑問に思い、飲み会のときに聞いてみた。

すると彼は「いずれ小説家になりたいのでクレームやヒステリーをストックしているのだ」と答えた。「なるほどネタにするのか」と驚いたものだが、著者の田村さんにしてみても、その経験が一冊の本になっているのだから、たしかに理不尽な経験はネタになるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

理不尽な絡み方をされたら、こう思おう。

 

 

 

 

 

「よっしゃ。ネタが増える」

 

 

 

 

 

 

 

4)淡々とやるのが結果を出すための最短距離

 

以上、アホと戦わない方法を述べてきたが、そもそも戦わないことだけを意識していても人生は前に進まない。

この本は「人生の大切な時間をしょーもないアホのために使うな」ということをいろんな観点から述べているが、裏を返せば、その結果、余った体力・時間・精神力を自分のやるべきことに集中しようというメッセージでもある。

つまらない戦いで貴重な人生を無駄使いしないでほしい。倍返しだの、リベンジだのといった言葉が流行るたびに、おせっかいだが、そんなもの相手にするなと思っていた。(略)あんなふうに些細なことに一喜一憂していたらストレスで病気になるだろう。また、一喜一憂するような人にはスタミナがないと思う。一喜一憂はくたびれるのだ。そして、こういう人は安定感がないので相手から信用されにくい。損なことばかりだ。長い人生をじっくり謳歌するためには淡々と生きることだ。

一喜一憂はくたびれる。でも、なぜみんな一喜一憂したがるのかと言えば、短期的に得られる快楽だからだ。巨人が勝った負けた。サムライジャパンが勝った負けた。で、あれだけ大騒ぎできる、それももしかしたら人間に与えられた才能なのかもしれないね。

でも、やるべきことがある人はそんな一喜一憂のお祭りからは抜け出して、さっさと自分の目的地へ歩きだせばいい。

 

 

不毛な一喜一憂大会に駆り出されそうになったら、こう言えばいい。

 

 

 

 

 

「すんません。仕事が終わらなくて…」

 

 

 

 

 

 

 

田村耕太郎『頭に来てもアホとは戦うな!』

おしまい

by PuANDA

 

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